婚約者の王太子殿下が隣国の王女とキスを…全ての元凶はここにあり。公爵令嬢達は悪を暴く。
クリスティーナ・ラットス公爵令嬢は、婚約者のカイル王太子と共に、とある日、王立学園の廊下を歩いていた。
クリスティーナは金髪碧眼の美しき令嬢で、カイル王太子も同じく金髪碧眼。二人並ぶと美男美女で、お似合いだと世間の皆に噂されていた。
幼い頃からの婚約者カイル王太子。二人が出会ったのは互いに8歳の時だ。
一生懸命カーテシーをし、挨拶をするクリスティーナを王宮の庭でニコニコと出迎えてくれたカイル王太子の優しさを、クリスティーナは今も良く覚えている。
嬉しかった。とても優しい王太子殿下の事がその時からクリスティーナは好きになった。
10年間の婚約期間の間に、彼とは将来を語り合い、互いの絆を深めて来た。
アレノア王国の未来の為に、何が出来るのか。国民の幸せの為にどういう政治をしたらよいのか。
時間を忘れて、王宮のテラスで語っていたら、いつの間にか日が傾いていた事も珍しくない。
アレノア王国の事を思うカイル王太子の事を、会えば会う程クリスティーナの王太子への愛は深くなっていった。
共にこの王国の為に王妃として、カイル国王を支えて行きたい。
それを生きがいに生きて来たと言うのに。
共に18歳。王立学園の卒業を持って来春には結婚式を挙げる事が決定していた。
マリリオ王国から留学していた、ネルディア王女。歳は18歳。
その妖艶な黒髪の王女が王立学園の廊下で、こちらに向かって歩いて来た。
その姿を見た途端、カイル王太子の様子がおかしくなった。
「あれがネルディア王女か。なんて美しい人なのだ。」
婚約者であるクリスティーナの前で平気で彼女を褒め称えたのだ。
どうして?わたくしが貴方の婚約者なのよ。どうしてあんな熱い眼差しであの人を見るの?
どうしてどうして?
取り乱したくない。
だから、カイル王太子に向かって、
「確かにネルディア様はお美しいですわ。」
同意をするも、内心は嫉妬で胸が一杯である。
ネルディア王女がこちらを見て、ニヤリと笑った。
フラフラとネルディア王女の前に行くカイル王太子。
「私はカイル王太子だ。今度、共にお茶をしたいのだが。ネルディア。」
「まぁ、王太子殿下。喜んで。」
図々しくもカイル王太子に密着し、腕を絡めるネルディア王女。
悔しい悔しいっ…わたくしが婚約者なのよ。
何故??何で?
「クリスティーナ様。ちょっとお話が。」
二人の令嬢達が声をかけてきた。
エリーナ・アシュッツベルク公爵令嬢と、レイリア・ハッシュベルト公爵令嬢である。
この二人の令嬢達はとても優秀だった。勉学も二人で常にトップを争っており、
学年で10位の成績であるクリスティーナは引け目を感じていたのだ。
自分はカイル王太子の婚約者である。未来の王妃だ。だからこの二人より優秀で無くてはいけないのに。
カイル王太子がネルディア王女と共に行ってしまったので、二人の令嬢達とテラスに向かう。
学園のテラスの席に腰かけて、二人の令嬢達と話をする。
それ程、普段親しい訳ではない。ライバル心を持っているのだから当然だ。
エリーナが真剣な眼差しで、
「クリスティーナ様。わたくしの婚約者が隣国の公爵家の子息なのですが、ネルディア王女様について良くない噂を聞いたのですわ。あの王女に関わった貴族子息が二人、自殺をしているのです。」
「自殺を?」
「ええ。殺されたのではないかと、もっぱらの噂ですわ。」
レイリアが、クリスティーナに向かって、
「ネルディア王女様は、危険なお方。そんなお方がほら…」
王立学園の庭を、ネルディア王女がカイル王太子と共に手を繋いで歩いている姿が見える。
エリーナがクリスティーナの手を握って、
「国王陛下に直訴致しましょう。王太子殿下にあんなに親し気に…何だか嫌な予感がしますわ。」
クリスティーナは首を振って、
「それは噂に過ぎないのでしょう。もし、ネルディア王女様が無実だったら…
わたくし達が国王陛下から罰せられるわ。家にも迷惑がかかる。わたくしには出来ない。」
レイリアが立ち上がり、
「国王陛下に直訴するのが無理ならば、あの女に言ってやりましょう。王太子殿下にもしっかりと主張しましょう。クリスティーナ様は王太子殿下の婚約者なのよ。それなのにあの二人は貴方の事を無視して、貴方がしっかりしなくてどうするの。」
エリーナも頷いて、
「彼女は危険な女なのよ。このまま黙って見ている訳にはいかないと思うわ。」
「ともかく、一言言ってやりましょう。そうでしょう?クリスティーナ様。」
二人の公爵令嬢達の押しに、クリスティーナは頷いて、
「そうね。参りましょう。」
三人の令嬢達は庭へ出てネルディア王女と、カイル王太子の姿を探す。
庭の隅で、二人は熱い口づけを交わしていた。
ええっ?何で?さっき出会ったばかりなのに…わたくしと言う婚約者がいるのに…
見たくない。見たくないわっ…
クリスティーナはその場から逃げ出そうとして、エリーナに腕を掴まれた。
「負けては駄目。貴方は婚約者でしょう。」
レイリアが二人の前に進み出て、
「お二人ともどういう事かしら。クリスティーナ・ラットス公爵令嬢という婚約者がありながら、カイル王太子殿下。ネルディア王女様と淫らな事を。許されると思っているのですか。」
カイル王太子はネルディア王女を抱き締めながら、
「ネルディアが愛しくて愛しくてたまらない。」
ネルディア王女もニヤリと口端を歪めて笑い、
「そうおっしゃっていますわ。王太子殿下が。」
エリーナがネルディア王女の前に立ち、
「いくら、カイル王太子殿下が、貴方様を求めていても、婚約者のある身でございます。
ネルディア王女様。それを知っていて淫らな関係に及ぶなんて、マリリオ王国に今回の事を報告するように、わたくしは父に頼んで国王陛下に進言して貰いますわ。」
ネルディア王女はホホホと笑って、
「アレノア王国とマリリオ王国との関係を悪くしたくないはず。報告しても握りつぶされますわ。」
クリスティーナは悲しくなる。
何とか出来ないの?あれ程。未来を語り合ったカイル王太子殿下。
あの熱意は…わたくしへの想いは嘘だったの。
愛しているって言って下さった。
未来の王妃として、クリスティーナ以外は考えられないと言ってくれたのよ。
クリスティーナはカイル王太子の前に進み出て、その手を握り締め、
「わたくしは貴方様を信じております。王太子殿下。共に国の為に、わたくしは役立ちたいと思いますわ。愛しております。」
クリスティーナがカイル王太子の心が…どうか戻ってきますように願いを込めてカイル王太子の顔を見つめた。
カイル王太子の瞳からポロリと一筋、涙がこぼれる。
エリーナが叫んだ。
「もしかして、魅了の首飾り…」
ネルディア王女の首にかかっている大きなエメラルドの首飾り。
怪しげな光を放っていて。
レイリアが背後からネルディア王女を取り押さえる。
「その女の首飾りを奪って。」
ネルディア王女が身悶えしながら叫ぶ。
「何をするの。無礼者っ。」
クリスティーナとエリーナを加え、三人がかりで、ネルディア王女ともみ合って、何とか首飾りを奪い取る事にクリスティーナが成功した。
地に向かって投げつける。
カランと音を立てて、首飾りは地に転がって…
カイル王太子は首を振って、目をパチパチさせ、
「ああ…やっと自由になった。私はこの女に操られていたんだ。私が愛しているのはクリスティーナしかいない。」
ネルディア王女は叫ぶ。
「おのれ。よくも…っ。」
エリーナが学園の警備員を呼んできて、
「この女は魅了の首飾りを使って、王太子殿下を操っていたわ。」
カイル王太子が命令する。
「ネルディア王女を捕らえろ。責任は全て私が取る。」
警備員達はネルディア王女を数人がかりで捕まえて、縛り上げた。
「悔しいわ。この男を操って、この国を手にいれようと思ったのに。」
クリスティーナはネルディア王女に聞いてみる。
「自殺した二人の男性はどうして?」
「ああ、あの二人は邪魔だったから。ちょっと遊んだだけなのに、わたくしに夢中になって。
魅了の首飾りを使うまでもなかったわ。くだらない人達。だから殺したの。」
カイル王太子はネルディア王女に向かって、
「マリリオ王国との関係は悪化させたくはない。しかし、このような事をされて泣き寝入りする程、我がアレノア王国は寛大ではない。覚悟をしておけ。」
カイル王太子の言葉に、悔し気にこちらを睨みつけるネルディア王女。
「アハハハハハハハハ。オホホホホホホ。呪ってやる。呪ってやるわ。」
「連れて行け。」
ネルディア王女は警備員達に連れていかれた。
この事は、アレノア王国、国王に報告され、国王は隣国のマリリオ王国と話し合いを持つ事になった。
アレノア国王「我がカイル王太子を操り、国を乗っ取ろうとした罪は許しがたい。」
マリリオ国王「我が娘がそのような事をたくらんでいたとは知らなんだ。引き渡して貰いたい。厳正に処罰しよう。」
アレノア国王「厳正に処罰?どのように処罰するというのだ。」
マリリオ国王「修道院へ送る。それでよかろう。」
アレノア国王「生ぬるい。そちらの高位貴族の令息二人も殺しているのだぞ。処刑が妥当であろう。」
マリリオ国王「それならば、毒杯を飲ませて、責任を取らせよう。それでよかろう。」
アレノア国王「納得した。して、賠償金を請求する。」
マリリオ国王「仕方がない。ほら、国境に精霊の森があるだろう?ピヨピヨ精霊が住むと言う。あの広大な土地を賠償に充てよう。」
アレノア国王「いらんから。あんなピヨピヨがいるだけの役に立たない土地。」
マリリオ国王「せっかくやると言っているのだから貰って置け。んじゃ。これにて終了。」
アレノア国王「おいこら待てーーー。話は終わっていなーーーい。」
アレノア国王は結局、ピヨピヨ精霊が住むと言う土地を受け取り、ピヨピヨ精霊達はハチミツを欲しがるので、神域を作り。養蜂業を営んで、ハチミツを製造する事にした。
ピヨピヨ精霊達は女神レティナのお気に入りの精霊。自国にいるからには大事にしなければならない。
まさか、現国王の孫の代になって、
マリリオ国王「この度の事は全て、お前んとこの魔導士が原因だったそうじゃないかっ。悪女は送り付けてくるわ。許せんのがわしの可愛いユリーナを殺すわもう、許せんぞっーー。」
アレノア国王「いやーー。もう、すまんすまん。ええと、確か賠償は領地で行うじゃったの。ああ、丁度いい。ほら、そっちの先々代の国王の娘がやらかして、うちに賠償を行った時に貰ったあの、精霊の森 それを賠償に充てよう。それでよいじゃろうて。」
マリリオ国王
「えええええっーー。アレいらんっ。ピヨピヨ精霊がいるだけで、まるで役にたたん森じゃん。あんなの貰ったって使い道がないわ。」
アレノア国王「その領地を賠償に最初に充てたのはお前のじーさんだろうがっ。という訳でよろしく。そこに住んでいるピヨピヨ精霊達はハチミツがないと大騒ぎするでの。まー頑張ってちょーだい。」
マリリオ国王「お前はっーーーーー。おいこら話し合いはまだ終わってないっーー。」
だなんて、変なやりとりが両国の間で行われた。
カイル王太子は、クリスティーナを抱き締めて、
「すまなかった。あのような悪女に操られて。私の心にあるのはクリスティーナだけだ。
信じて欲しい。」
「嬉しいですわ。カイル王太子殿下。」
エリーナもレイリアも、声をかけてくれた。
「良かったですわ。クリスティーナ様。」
「本当に心配致しましたわ。」
「二人とも有難う。」
大して親しくは無かった公爵令嬢達。
今回は助けて貰った。
クリスティーナは二人の令嬢達に感謝するのであった。
魅了の首飾りは、アレノア王国の宝物庫へしまわれた。
まさか、60年後、稀代の悪女チェシィによって見つけ出されるまでは…
「これが魅了の首飾り…丁度いいわ。この首飾りを与えて、エリオス王太子殿下の婚約者であるアリーディアを陥れてやるわ。アリーディアを陥れたら次の婚約者を…どうせわたくしはエリオス王太子殿下とは結婚出来ないのだから。」
魅了の首飾りは怪しげに輝く。
- オホホホホ。呪ってやる。呪ってやるわ。 -
毒杯を賜り、命を落とした悪女ネルディア王女の怨念なのか…
アレノア国王の孫が国王になった時に、禍根は残るも両国の友好の為、またしてもマリリオ王国からユリーナ王女をエリオス王太子の婚約者に迎える事になる。ユリーナ王女の国を乱す行動に怒り狂ったカイルの息子に当たるアレノア国王が、ユリーナの首をマリリオ国王に投げつける事件に発展した。
チェシィとアリーディアと言う悪女達により、両国の王族やその関係者が被害にあうのは別の話である。
自分達の孫の代にまで禍が及ぶとは知らないクリスティーナとカイル王太子。
この時に助けて貰った公爵令嬢エリーナとレイリア。
彼女達との友情は生涯続いた。
エリーナは隣国マリリオ王国の公爵家に嫁いで公爵夫人となった。
レイリアはアレノア王国の大公に嫁いで大公夫人となった。
クリスティーナ王妃が困った時に、レイリアは駆けつけて、エリーナは手紙でクリスティーナ王妃の力になった。
クリスティーナはカイルとの間に、二人の子にも恵まれ、幸せに暮らしたと言われている。