或る女の独白、或いは祈り、若しくは
彼女は自分が美しい事を知っていた。
「今日もありがとうございました~」
自分でも吐き気を催すほど甘ったるい声で禿げ上がった頭の恰幅のいい男を見送る、ここは新宿、歌舞伎町、決して眠らないこの街で、彼女は女王様をやっていた。
昔から自分の美貌には自信があった、母譲りのスッとした鼻筋とパッチリとした目、父譲りのスラリとした手足とシュッとした顔立ち、道を行けば誰もが振り向き、彼女に惚れぬ男はいなかった、しかし、それは同時に同性からの妬みの視線を一身に受けることも意味していた、しかし、彼女にとってそれは大した問題ではなかった、美しさこそが正しさだと信じていたから、否、そうすることで自分を保っていた、それが彼女の青春の全てだった。
何時の事だろうか?そう信じていられるのが若さ故だと気がついたのは、彼女はもう三十路を過ぎていた、色んな女を見てきた、中には自分よりも美しいと感じる者すらいた、だが、彼女達は軒並み大声では話せない、少なくとも正しいとは言えないような事をしていた、そしてそれを仲間内で自慢げに話すのだ、勿論自分も含めて。
「お疲れ様でした~」
店を出て駐車場に向かう、止めてある自分の愛車に乗りエンジンをふかす、セブンスターを吸いながら朝の山手通りを行く、12月の朝日が彼女の頬を刺していた。
、、、ああ寒い、彼女はそう感じた、子どもみたいに寄りかかりあえる肩が欲しい、それはきっと絶対に果たされない願いなんだろう、例え何人の男に抱かれても、何人の男に愛を囁かれても、その願いは満たされやしないんだろう、何故なら彼女は賭けてしまったから、青春を、早く大人になりたくて、精一杯背伸びをして、命をほんの少しだけ前借りしてしまったから。
自分の青春は何だったのか、問われれば彼女は答えられないだろう、閃光のように過ぎ去るあの時を彼女は賭けてしまった、当時はそれが最適解だと思っていた、しかし、今の彼女にとって、その判断は呪いでしか無かった、例え寄りかかりあえる肩がそこにあったとして、自分はその重さを疎ましく思ってしまうだろう、それほどに彼女は孤独になれていた、最早彼女に自身の願いを叶える術は無かった、だからこそ彼女は願うのだ「時よ、止まれ」と。
時は、加齢は彼女から今まさにその美しささえ奪わんとしていた。