9 アッシュ・クロウ 後編
「はぁっ!? レオル、何を言ってるの!? 三十七対一って、そんなのあり得ないわ!」
「レオル様!? それはいくらなんでも無茶では……? アッシュさんが死んでしまいますよ!」
チトセとルリエは椅子から立ち上がって叫んだが、アッシュはニカッと笑った。
「さすがだな。オレの力を見抜いたのはアンタが初めてだ!」
レオルはルリエとチトセに部屋の隅に下がるよう指示し、候補者達に宣言した。
「もしもアッシュを倒した者がいたら、そいつを採用しよう。合図したら全員同時に戦闘開始だ」
レオルが指を鳴らすと、三十七対一で十分だと見下された候補者達は、一斉にアッシュに飛びかかった。
約十分後。最後まで立っていたのはアッシュ一人だった。
他の候補者達は倒れているか、戦意を喪失して座り込んでいた。
「オレ、合格だな?」
「ああ、期待どおりだ。申し分ない」
レオルが頷くと、アッシュは小さくガッツポーズを取った。
チトセとルリエは唖然としている。
「一体……何が起きたの……?」
「まさか本当に倒してしまうだなんて……」
アッシュは特殊な技は使用しなかった。ただ普通にハンマーを振るい、剣士や銃士、レイピア使いなどと多対一で戦っていただけだ。
ただ、二つ特殊な点があった。
一つはハンマーを持っていたにも関わらず、その動きが通常の大鎚使いより遥かに速かったこと。もう一つは、ハンマーの威力が剣の威力を大幅に上回っていたこと。
「怪力?」
チトセが疑問を口にするが、それが非現実的であることは、チトセ自身にもわかっているはずだ。アッシュは冒険者としては平均的な体格で、ゴブリンやオークのように筋肉量が多いわけではない。
レオルはその答えを口にする。
「アッシュは元メインアタッカーだ」
「やっぱりお見通しか」
アッシュはニカッといたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「オレはメインアタッカーを目指してたけど、才能が無かった。で、コッチに転向したってワケ」
「どういうことなのでしょう?」
困惑するルリエに、レオルが答える。
「魔力保有量が多い者は、基本的にはメインアタッカーかメインガードとして育てられる。魔法蓄積能力が高いものはメインアタッカー、魔法発動の瞬発力が高い者はメインガードになるのが一般的だ」
巨大な魔力を保持し続け、特大魔法を放つメインアタッカーは、魔力を保持する技術が必要となる。この技術は生まれ持っての感覚によるところが大きく、訓練で身につけることは難しい。
一方で、メインガードは攻撃に対して瞬時に防御魔法を発動する『瞬発力』が求められる。
これもまた生まれ持つ魔法の性質であり、後天的に身につけることは難しい。
レオルやルリエは瞬発力タイプで、チトセは呪術のため特殊だが前者に近いと思われる。
「オレは瞬発力が無かったから、ガキの頃からメインアタッカーを目指してた。でも、いつまでたってもデカい魔力を維持できねえ。どっちの才能も無かったってワケだ」
「それで、メインアタッカーと同等の魔力保有量で、サブアタッカーをやってるのね?」
「そーいうこと」
アッシュはハンマー全体を高濃度の魔力で覆い、剣を上回る威力を出していた。膨大な魔力を持っているなら当たり判定が大きなハンマーは有効な武器となる。
さらに、自らに身体能力強化魔法をかける魔力の余裕もあった。
身体能力強化魔法は前衛なら必ず身につける基本技だが、前衛職は魔力保有量が少ないため、武器と身体にバランス良く魔力を配分している。
しかし、アッシュはメインアタッカーをこなせるほど膨大な魔力保有量があるため、ハンマーという巨大な武器を覆った上で、全身に身体能力強化を施していた。
その結果、剣士よりも僅かにスピードは劣るものの、攻撃力は目を見張るものがあった。
現在未所属のサブアタッカーとしては稀有な強さで、名の知れた一線級パーティに所属していてもおかしくない人材だとレオルは分析する。
「ある意味運がいい奴だな。メインアタッカーの才能があったら、ここまで強くはならなかっただろう」
一度メインアタッカーやメインガードとしてギルドに登録された場合、よほどの事情がない限り役割変更はできない。それほどこの二役は希少だからだ。
しかし、アッシュはメインアタッカーを目指している途中で挫折したので、初期登録時からサブアタッカーだったと推測される。
「でも、なぜ三線級だったの? この強さなら即一線級じゃない」
チトセがレオルを見上げたので、疑問に答える。
「サブアタッカーが一線級になるには、ハイレベルな戦闘実績を残す必要がある。チトセとはレベルの設定方法が違うんだ」
サブアタッカーは敵との駆け引きの技術が重視されるため、まずは三線級として登録され、戦績を積み上げていくことでレベルアップしていく。
また、サブアタッカーは負傷しやすい前衛であるため、どれほど才能があろうと、最初から一線級のランクを与えるのは危険という考えもあった。
魔力保有量が多ければ即一線級になれるメインアタッカーとは本質的に異なる。
「オレは時間を無駄にしたくねえから、最初から二線級以上のパーティを探してた。でも、大槌使いってだけでどこも門前払いだ」
「そうですよねっ!? 普通はそうなるはずですっ! レオル様はなぜ、アッシュさんの力を見抜くことができたのですか?」
「……あ、そうだわ」
「そーいえばそーだな」
三人がレオルの方を見た。
レオルは三人の期待の眼差しを受けて口を開く。
「俺がアッシュの能力を見抜いたきっかけか」
レオルの説明は二つあった。
一つは、ハンマーを武器にしている割に、アッシュの体に無駄な筋肉がついていなかったこと。
魔力操作が下手な冒険初心者が日常的にハンマーを持ち歩いていたら、魔法でハンマーを支えられない為、不要な筋肉がつき、体のバランスが悪くなる。
「それが俺が感じた最初の違和感だ」
「それだけでアッシュさんの力を見抜いたのですか!?」
「元碧撲の徒、レベルが違えな。聞いてた以上じゃねえか」
「レオル、あなた凄いわね……」
三人の畏怖の念を感じつつ、レオルは続ける。
「そして実際にアッシュがハンマーを持ち歩いているところを見て、確信した。アッシュは魔力でハンマーを支えていたからな」
アッシュはメインアタッカーやメインガードをこなせる技能はないものの、基礎的な魔法操作に関しては問題ない。そのため、無駄な力を一切使わず、魔力で巨大なハンマーを支えていた。
それはハンマーを使う一般的な初心者にはあり得ない光景だ。
「全然わからなかったわ……」
「わたしもです。目の前で見ていたのに……」
魔力で支えていたと言っても、ハンマーの持ち手を握っていたので、気づかないのも無理はない。
チトセとルリエがレオルを尊敬の眼差しで見ていたが、レオルは気づいていなかった。
「アッシュ、俺も実力を低く評価されていた過去がある。お前も似たような者だな」
「わたしも同感です。レオル様に指摘されるまで気づかず、お恥ずかしいです。最初は断ってしまってすみませんでした」
「あたしも……ごめん」
ルリエとチトセは謝罪したが。
アッシュは「謝るこたねえよ」と気さくに答えた。
「アッシュ、まだ体力が残っているなら、手合わせをしよう。同じパーティを組むなら仲間の力は知っておいた方がいいだろう」
レオルの提案に、アッシュは一瞬不意を突かれた顔をして、その後笑い出した。
「アンタの実力は元々知ってたし、それ以上だって今わかったところだぜ」
レオルとアッシュは固く握手した。
「レオル・アクレスだ」
「アッシュ・クロウだ。ヨロシクな!」
赤髪の大槌使い、サブアタッカーのアッシュ・クロウが仲間に加わった。
レオルがアッシュより目立つように気をつけましたが、大丈夫ですかね……?