8 アッシュ・クロウ 前編
まずはルリエとチトセが書類を目に通しながら質疑応答を行い、次に進んだ者はレオルが実技を見ることにした。
事前に三人で打ち合わせしていた為、必要なメンバーの条件は共通認識している。
――「チトセの安全を確保する為、サブアタッカーは一線級の者を選びたい」
前回の魔物戦では、レオルが魔物の攻撃を引き付けて隙を作ったが、本来はサブアタッカーが攻撃することによって隙を作ることが望ましい。その方が敵の体勢が大きく崩れ、長時間の隙を作ることができるし、万が一不測の事態が起きても、レオルがチトセを守ることができる。
もちろん、チトセのようにランクが低くても一線級の実力を持つ者であれば、例外として採用を検討する。
チトセの命がかかっていることもあり、二人の審査はやや厳しく、レオルの元に来た者はまだ三名のみ。候補者は残り三分の一を切っている。
レオルが実力を見た三人は一線級で、それなりの能力を持っているが、レオルの目から見れば平凡で、採用するほどの決め手は無かった。
「はぁ……あなた三線級なのね。募集要項は一線級って書いてあったでしょう?」
「チトセさん、もう少し柔らかい言い方をしましょうよ」
二十人以上を審査してきた疲れもあるのか、チトセが苛立ちながら候補者と話していた。
相手は尖った赤髪でやや長身の男。明るい印象の顔立ちで、赤の戦闘服を着ている。
「一線級もしくは『それに準ずる者』って書いてあっただろー? オレはそれに準ずる者だ」
「ふざけないでくれる? 遊びじゃないの」
年下のチトセに生意気な口を利かれて、赤髪の男はむっと表情を変える。
「遊びじゃねえ。オレは本気で言ってんだ。嘘だと思うならテストしてみな!」
「テストするまでもないわ」
チトセは赤髪の男の武器を指さした。
彼が持っていたのは巨大なハンマー。柄の長さは彼の身長と同程度で、鋼鉄部分はチトセの胴体ほどの大きさがある。
「ハンマーっていうのはね、初心者用の武器なの。それを持っている時点であなたは正真正銘の三線級なのよ」
チトセの主張は正しい。ハンマーは攻撃範囲が広く、敵に当てやすいため初心者に重宝されているが、レベルの高い冒険者は使用しない。
なぜなら、見た目とは裏腹に火力が低いからだ。
例えば剣は、魔力を細い刀身に集中させ、一点集中の高火力を発揮することができる。
しかし巨大なハンマーの場合、ハンマー全体を魔力で覆うと魔力が分散され、威力が落ちる。
それなら敵にヒットする一か所に魔力を集中させればいいかというと、それなら剣を使えばいいという話になる。
つまり、ハンマーは魔力操作の下手な低レベルの冒険者が使う武器だ。
その威力不足を、長い柄の遠心力で補っている。しかし、剣に比べると低威力で、攻撃の際に生じる隙も大きく、使用するメリットがない。
そのとき、レオルは彼の見た目にある違和感を感じていた。
「テストくらいしてくれたっていいだろ?」
「書類審査に通ったら実技テストを受けられるの。あなただけ例外にするわけにはいかないわ」
「ええと、申し訳ないのですが……チトセさんの言う通りです。アッシュさん、あなたは面接審査で失格とさせていただきます」
ルリエが申し訳なさそうに頭を下げると、アッシュと呼ばれた赤髪の男は出口に向かって歩き出した。
「あーそうかよ。じゃあ諦めるわー! 元碧撲の徒っつーから期待してたんだが、他のパーティと同じかぁー!」
しかし、アッシュの歩き方を見たレオルは、自分の感じていた違和感が正しかったことを確信する。
「待て、アッシュ。お前が望むなら、実技テストをしてもいい」
「えっ、なんでよっ!?」
「レオル様?」
チトセとルリエは疑問の表情でレオルを見つめた。
ルリエは知識の豊富な冒険者であり、大槌使いが戦力外だということをよく知っている。例外で一線級の力を持つ大槌使いがいるということもない。レオルですらそのような存在は聞いたことがない。
チトセは経験は浅い割にはしっかりとした冒険者知識を持っている上、本人が『例外的にランクよりも上の実力を持つ者』だからこそ、それは一般的ではない特殊な職業の者のことだと理解している。
そのような共通認識は三人の中にあった。
しかし、このアッシュは、レオルでなければ見抜けないほど特殊な存在だった。
「さすが絶対防御のサブガード様! 話がわかるぜ! オレは何をしたらいい?」
レオルは部屋の中を見回した。残りの候補者の中に、これといって目立つ武器を持っている者はいない。例外的に強い者はおそらくこのアッシュ以外にいないだろうと考える。
「この部屋にいる候補者全員と戦って勝利すること。それが合格条件だ」