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6 魔物戦 後編


「準備できたわっ!」


 チトセがルリエの背後から身を出して叫んだ。


 合図を受けたレオルは両手を広げ、あえて自らの腹部の防御をガラ空きにした。


 魔物はレオルの腹部に右手を翳し、魔法攻撃を放つ体勢になる。


(かかったな)


 レオルは横っ飛びで魔物の攻撃を避けながら、魔力でチトセを引っ張った。


 レオルが使用したのは回避技の応用だ。

 通常は敵の近くから味方を遠ざける技だが、レオルは敵から離れていたチトセを敵の至近距離へ飛ばした。


 一歩間違えれば、チトセは魔物に衝突する。それどころか、ほんのわずかにチトセの着地の体勢が崩れれば、チトセは体勢を立て直す間もなく魔物に攻撃される。


 そのようなリスクなど無いかのように、レオルは横っ飛びの不安定な体勢から、その技を成功させた。


 ふわりと魔物の背後に着地したチトセは、目を見開き、ほんの僅かに反応が遅れた。

 しかし、魔物はまだチトセの存在に気付いてすらなく、黄色の一つ目はレオルを追っていた。


 チトセの両手が魔物に触れ、飛び出した数十本の黒い線が魔物を拘束する。


 バシュッ……!


 呪術の効果音と思われるその音をきっかけに、街の騒音は消えた。


 立ちすくむチトセ、唖然とした表情で見つめるルリエ、石化したかのように動かなくなる魔物。


 恐怖に怯えていた街の人々がそこで起きたことを理解し、街がレオルたちへの称賛で溢れかえったのは、数分後のことだった。


 ***


「レオル様、すっかり人気者になってしまいましたね」


 レオル達が魔物を運びながらギルドへ向かう途中も、人々からレオルへの称賛の声は止むことがなかった。現場から百メートル離れた今でも彼らの声が聞こえる。


 もちろん建物の損傷などはあったものの、ギルドからの補填で修復できる。人々はギルドへ税金を納める代わりに、ギルドは街を守る仕組みとなっており、今回のように損害が出た場合は被害に応じてギルドから補修費が支払われる。


 ギルドが全補填できないほどの額になった場合は、減額されることもあるが、今回はレオルが被害を最小限に抑えたおかげで、壊れた家は数軒、十分補填できる範囲内だろう。


「それに、街の人からの好意も受け取らないだなんて、ご立派です」


「そんなことはない。彼らは家が戻るまでしばらく不便な生活を送るんだ。彼らの資金はそれに当てるべきだろう」


 家が壊れた人は宿に泊まる可能性もあるし、店を経営していた人は収入が無くなることもある。


 そんな理屈を並べたレオルだったが、実際、レオルにお礼の金品を渡そうとしていた人々は、被害を受けていない金銭に余裕のある人々だった。


 並んで歩くルリエがふふっと笑い、一歩レオルに近づいたが、レオルは気づかなかった。


「ねえ、レオル。さっきみたいな連携って、どれくらいの成功率なの?」


 黒ローブの装飾品をジャラジャラと鳴らしながら歩いていたチトセが、レオルを見上げる。


「百回やれば百回成功すると言いたいところだが、戦場には不測の事態がつきものだ」


「それはつまり、不測の事態が無ければ必ず成功するってことなのね?」


「ああ」


 他に手が無かったため、一歩間違えればチトセの命が危険となる戦法を取った。もちろん、レオルには絶対にミスをしない自信があったものの、想定外の事態が起きた場合はその限りではない。


 レオルの想定範囲は現実的に起こりうる事象をほぼ網羅していたが、誰もが予想しない、偶然の積み重ねによる事故が起きることはある。


 チトセが怯えるのも無理はないと、レオルは考える。


「危険な目に遭わせてすまなかった」


「違うわ。あたしが言いたいのは、そういうことじゃないの」


 チトセは力強い目でレオルを見つめた。異国の黒い瞳。


「あなた、凄いわ……。あたしが冒険者を目指してから、ずっと悩んでいた呪術の弱点を解決したんだもの」


 チトセは使い勝手の悪い技により、二線級とランク付けされているが、技を発動するまでの速度は魔法使いの半分以下。本質的な実力は一線級と遜色ないとレオルは感じていた。


 チトセは、レオルがあの瞬間に何をしたのか、それがどれほど稀有な才能の上に成り立っていたのか、理解しているようだった。


「冒険者が戦いで命を賭けるのは当たり前よ。でも、あたしはこれまで命を賭けることすらできなかった。あたしの力を活かせる人なんて、これまで一人もいなかった」


 もしも呪術師という職業が魔法使いの上位互換だったのなら、とうの昔に異国からこの地まで広まっていたはずだ。広まらなかった理由は、呪術師の力を最大限に発揮させられるパートナーが存在しなかったからだろう。


 おそらく、呪術師は動きの鈍い怪物を狩ったり、怪物の寝込みを襲ったりするなど、チトセの地域に住む一部の怪物に特化した職業なのだろうと、レオルは考えた。


 開放的な地形のこの街では、様々な怪物が出現するため、万能な能力が求められる。チトセがパーティを組むとしたら、三線級の下位までレベルを下げ、安全でノロマな怪物をチマチマと狩るしかない。


「でも、レオル……あなただけは、あたしの力を活かしてくれた。あたしを、あたしが夢見ていた本物の冒険者にしてくれた」


 チトセはローブを両手でぎゅっと握り、叫んだ。


「レオルっ……! あたしを、あなたのパーティに入れてくださいっ……!」


 レオルは先ほどの自分の考えを反省した。

 チトセは命のリスクを負わされて怯えているのだろうと、レオルに恨み言を言うのだろうと、そんな風に考えていた。


 しかし、チトセには冒険者として旅立つ覚悟があった。

 初戦闘で命の危機を感じ、戦う覚悟を貫ける新人冒険者などそうはいない。


 能力面、精神面ともに、チトセはレオルのパーティメンバーとして理想そのものだった。


「よろしく頼む、チトセ」


「わたしもよろしくお願いいたします! チトセさん!」


 異国の呪術師、メインアタッカーのチトセ・マトが仲間に加わった。


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