59 エピローグ 八年後 ※プチざまぁ
サム・アクレスは六歳の誕生日にギルドで年少冒険者の登録をしていた。
年少冒険者は、基本的には大人の冒険者の付き添いのもと修行をする身で、実際にクエストをこなすことはほとんどない。
「まったく、俺のどこをどう見たら女に見えるんだよ」
サムは銀色の髪に青い瞳、母親の外見的特徴を受け継いだ美少年だった。
受付で少女に間違われたことに腹を立てていて、まだ腹の虫が収まらなかった。
先ほどの能力テストでは全力を出し、測定器を破壊し、『さすがレオル様の息子ですね……』と受付嬢達をドン引きさせていた。
「俺はまだまだ弱いから女々しく見られるのかな? 早く父さんくらい強くなりたいな」
子供ならではの発想だった。
サムの父親のレオル・アクレスは、世界の危機を救った英雄だ。
王城に巣食っていた魔物三百体以上を倒し、王政を影でコントロールしていたハーピィを倒し、世界の終焉を未然に防いだことは歴史の教科書に載っている。
そのときのパーティ『白創の古』の名は、古になるまで語り継がれるだろうと言われている。
「そんな英雄が、なんでこんな田舎に住んでるのさ」
世界を救った白創の古のメンバーは皆、王族から英雄の称号を預かり、王の敷地内に世界王と同等の城を各自一つずつ与えられた。
しかし、城で優雅に生活しているのはチトセ・マトだけだ。
アッシュ・クロウは更なる強さを目指して旅に出てしまったし、セスク・フェルランドは城生活など御免だと言って賑やかな街中に住んでいる。
レオル・アクレスとルリエ・アクレスは、少しの間子育てに専念するといって、田舎に大豪邸を建てて住み始めた。
その生活が気に入ってしまったのか、サムが六歳になっても、まだ引っ越す気配がない。
「サム・アクレス君……測定結果が出ましたよ…………?」
受付嬢がわなわなと震えながら、サムに紙を見せてきた。その後ろには、他の受付嬢も野次馬のように群がっている。
「ん、何これ? 何も書いてないじゃん」
五角形のスコアが表示されるはずだったが、サムのスコア表には線が見当たらない。
「全部の数値が、満点を超えているんです。枠外に線がありますよね? ほら、これです」
たしかに、スコア表には巨大なくの字のような線が入っている。
スコア表の模様のように見えたが、用紙の範囲を大幅に超えた五角形の二辺だけがギリギリ用紙に収まっていたようだ。
(これじゃわかんないな……)
楽しみにしていたスコア表が五角形の形すらしていなかったのは、残念だった。
受付嬢達はサムのスコア表を覗き込みながら、騒めき出す。
「さすがレオル様の息子さんですね……魔力の瞬発力、魔力解放量、身体能力など、どれもレオル様の才能にそっくりです。とてつもない逸材ですよ」
「それに加えて、ルリエ様の魔力保有量も受け継いでいるので、全部のジョブをこなせそうです。是非うちのギルドに所属して欲しいですね」
「魔法のセンスはお二人譲りみたいですよ。すでに攻撃魔法と防御魔法、十種類ずつ使えるそうです。ひょっとしたら、ソロで戦えるんじゃないでしょうか」
そんな噂話を聞いていると、ガタイのいい大男がギルドに入ってきた。
大男はサムと同時に測定していた子供達十人に向かって、大盾を見せびらかす。
「よう、子供達。今日一日だけ、お前達に冒険者の指導をするジョゼ・グラードンだ!」
「ジョゼ・グラードン……?」
サムは聞き覚えのある名前に首をひねった。
ジョゼはサムの顔を覗き込むと、顎に手を当てて考え込む。
「んん……? お前、なんか見たことある顔だな。まあいい、俺の名を知っているとはなかなか見込みのある子供じゃねえか」
ジョゼは誇らしげに胸に手を当てて語り始めた。
「俺は全盛期の頃、一線級の冒険者であのレオル・アクレスとパーティを組んでいた。魔物を倒したこともある。『碧撲の徒』と言ってもお前達にはわからないかもしれねえがな」
サムは父親の名前を出されたことで、ふと思い出した。
(そういえば、父さんは昔所属していたパーティを抜けて、新しく白創の古を結成してから、有名になったんだっけ)
そんなことを思い出していると、サムと隣にいた活発そうな赤髪の少年が手を挙げた。
「オッサンは今は一線級じゃねーの?」
「おっさんじゃねえ、グラードンさんと呼べ。俺は今は三線級のトップだ。どんだけ強くても、年齢の衰えには勝てねえってことだ」
(ん? 父さん達はまだ一線級のトップだし、近い年齢だと思うけどなぁ)
レオル達は生きる伝説となっていて、あまりに強いため、並のクエストで駆り出されることはない。
何しろ世界を救った実力者達だ。一線級の冒険者パーティ百以上と同等の力と言われている。
サムが首を傾げていると、異国の風貌をした黒髪の少女が手を挙げた。
「グラードンさんは、今も碧撲の徒で活動してるの?」
「いや、パーティはある決闘をきっかけに……ゲフンゲフン。とにかく八年前に解散した。
メインアタッカーのブリエルは、年下のガキに負けて自信を無くしちまって、パーティを抜けて踊り子に転向した。
んで、サブアタッカーのキエルは武器商人になっちまったし、サポーターのダフルォンは隠居生活だ。俺のような実力者は現役で戦っているがな」
子供達の数人は「へー、すごーい」と無邪気な反応をした。
気分がよくなった様子のジョゼは、楽しそうに盾を構えた。
「丁度いい。本物のメインガードの実力を見せてやろう。お前たちの中にアタッカーはいるか? 遠慮なく攻撃していいぞ」
子供たち三人が一斉に手を挙げた。赤髪の少年も、黒髪の少女も、アタッカー職だったようだ。
サムも手を挙げていた。
まだ役割は決まっていないが、さきほど受付嬢に女の子扱いされ、むしゃくしゃしていたので、気晴らしに攻撃魔法をぶっ放そうと思っていた。
「じゃあ、俺の名前を知っていた銀髪青目のお前だ。好きに攻撃してこい」
サムが指名されたので、母親からのお下がりで貰った白い杖を構えた。
すると、受付嬢が低姿勢で近づいてきた。
「あの、ジョゼさん。ギルドの中で試し打ちをするのはさすがに……」
「アッハッハ! こんな子供の攻撃、俺が防ぎ漏らすわけがないだろう!」
「ですが、その子は……」
「ええい! うるさい! 万が一ギルドが壊れたら、俺が全額弁償してやる! 黙っておけ!」
ジョゼに怒鳴られて、受付嬢は渋々引き下がった。額に手を当てて「どうしましょう」と小声で呟いている。
「本当に全力でいいの?」
「当たり前だ! 全力で来い! 他の子供達に見せるデモンストレーションなんだからな! 手加減なんかするなよ!」
「わかった」
サムは杖を構えて、先端に魔力を溜めた。
父親譲りの魔力解放量があるため、特大魔法に十分な魔力が一瞬で溜まる。
杖の先端の強大な水色の光を見た受付嬢達は「やっぱり!」と叫び、子供たちははしゃいだ声を上げた。
ジョゼは魔力壁を発動しながらも、表情が引きつっている。
「おい、ちょっ……待……」
「えいっ!」
ドガッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッバキッ………………………………ダンッッッッッッ!
ジョゼはギルドの壁を突き破り、外のゴミ箱に衝突して、気絶した。
次の瞬間、子供達が一斉に騒ぎ出した。
「すごいわ! サム・アクレス君! 大人を吹っ飛ばしちゃうなんて!」
「なんだよあの威力! はんぱねえな! お前、オレとパーティ組まねえか!?」
「サム君、今度わたしにもあの魔法教えて! どうやったらあんな強く撃てるの?」
「ねえ、サム君のお父さんって、あのレオル・アクレス様って本当なの……?」
「お母さまはルリエ・アクレス様なのよね!?」
怒涛の質問攻めに口を開く間もない。
サムが返答に困っていると、受付嬢達も次第に騒めき始めた。
「扉、壊れちゃいましたね……。いえ、予想していましたけど」
「ジョゼさんが弁償してくださると言っていたので、今度のクエスト報酬から引いておきましょう」
「今日の子供達の引率、どうしますか? ジョゼさんは気絶していて、動けないですよ……?」
「それに、子供達の信用を無くしてしまいましたしね……。あんな風に吹っ飛ばされてしまった後ではとても……」
(俺がグラードンさんを倒しちゃったせいで、担当者がいなくなっちゃったのか)
子供ながらに責任を感じたサムは、解決策を考えると、近くにいた受付嬢の服の裾を引っ張った。
「ねえ、引率する大人がいないなら、お父さん呼んでこよっか?」
受付嬢は一瞬ポカンと口を開けた後、ズザッと後ずさりする。
「レオル様をお呼びするなんて、とんでもないですよ! 子供達の引率に呼んでいいお方ではありません……! 国王を呼ぶのと同じですよ!?」
「今日は暇だと思うよ」
「いえ、そんな…………確かにレオル様のお人柄なら引き受けてくださる気がしますが……申し訳なさ過ぎて……。ちょっと頭がクラクラしてきました…………」
「じゃあお母さん呼ぶ?」
「ルリエ・アクレス様をお呼びするのも同じです! 王女様をお呼びするようなものですよ……!」
(なんかよくわからないけど、呼んでも大丈夫でしょ)
サムは受付嬢達に隠れて、遠隔通信魔法で両親に連絡を取り、二人が仲睦まじくギルドに来ることになった。
ギルド内は大混乱になり、受付嬢達とギルドマスターは二人に数えきれないほどの謝罪とお礼を繰り返した。
伝説を間近で見た子供達の中には、感涙する子も現れ、その日は『伝説の一日』としてしばらく街で話題になった。
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