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56 最終章 無双


「ありがとうレオル。できるだけ早く終わらせるわ」


「チトセちゃん、わたしも協力します! 一緒に移動しましょう」


 ルリエが移動すると、無色になっている停止領域の打ち消しエリアが動いた。


 アッシュとセスクはレオルがコントロールしている停止領域の無い場所に待機し、チトセはルリエと一緒に移動する。


 最も近い女型の魔物に近づくと、ルリエは魔物の肌が露出するギリギリまで停止領域を打ち消した。


 チトセがその紫色の肌に触れると。


 バシュッッッ!


 数十本の黒線が魔物の体を包み込んだ。見た目は通常の呪術に近い。


「実際に倒せているか、念のため確認した方がいい」


「わかりましたっ! 自由にさせてみますね」


「緊張するわね……」


 ルリエが打ち消しエリアを広げていく。


 魔物の左腕が自由になるが、指先一つ動かない。

 続いて上半身が自由になるが、口を開いたまま表情一つ変わらない。


 そして全身が自由になると、硬直したままガンと音を立て、大理石の床に倒れた。


「倒せているようです! すごいですよ! 成功ですね!」


「おおお! これなら全員倒せるぞ! すげえコンビネーションだな!」


「修行の努力が報われたな、チトセ」


「うんっ! レオルの停止領域のおかげだけどね。こんな形で噛み合うとは思わなかったわ」


 チトセは無邪気に微笑んだ。

 その後、レオルは停止領域を維持することに努め、ルリエ達は室内を動き回った。


 挨拶でもするかのようなテンポで、次々と魔物を倒していき、五分も経たずに室内の魔物は全滅した。


 倒した魔物がわからなくならないよう、全員一度は停止領域から解放したため、全ての魔物が床に倒れている。


 セスクは最初、驚きの余り声を失っていたようだったが、次第にテンションを取り戻した。


「キミ達は本当に凄いな! こいつら一体一体は、一線級パーティがギリギリ倒せるくらいの強さなのだろう!? それをあっという間に百体ほど倒せるとは! キミ達は人類最強のパーティだ! ハッハッハッハッハ!」


 セスクは自身の魔法がその根源になっていることを忘れているようだった。


 レオル達はそのまま廊下に出た。

 廊下には百体ほどの魔物がひしめいていた。室内の数とは比べ物にならない。


 幸い、全ての魔物が停止領域の範囲内にいるため、遠距離攻撃を受ける心配はなさそうだ。


 おそらく、停止領域を受けた魔物が行動不能になるのを見て、他の魔物は逃げ出したのだろう。


 再びルリエとチトセが移動し、次々と魔物を倒していく。


 しばらくすると、二人が戻ってきた。


「魔力が切れそうだわ。セスク、お願い」


「ああ、一瞬だけ対象を切り替えよう」


 チトセの魔力の残量はわずかのようだ。一瞬セスクの魔力増加を受ければ、満タンになる。


 セスクは金色に光る両手をチトセの方へ向けた。


 チトセはカッと目を見開き、黒い瞳は焦点が合わず彷徨った。

 すかさず、セスクは両手をレオルに戻す。


 チトセはふらっと倒れそうになったが、足を出して踏ん張った。

 苦しそうに胸を押さえながら、はぁはぁと荒い呼吸をする。


「レオル……これに何分も耐えてるの…………? 信じられないわ…………」


 レオルはセスクの魔力増加に慣れ始めていて、現在は軽く走っている程度の疲労度だ。

 チトセは全力疾走したかのように疲れている。


「大丈夫か? チトセ」


「ええ、落ち着いてきたわ。魔力は全回復したし、いけそうよ」


 その後、チトセは廊下にいた魔物の残党も全員倒した。


 薄暗い廊下に色とりどりの魔物が倒れているという異様な光景だ。


 この魔物達一体一体が街一つを破壊する恐れがあった。

 レオル達が救った人の数は計り知れない。


「このまま最上階まで行こう」


「はいっ!」


「ええ」


「おうよ!」


「ハッハッハ! 何十年ぶりの地上だろう! 楽しみだ!」


 五人が一階に上がると、何体かの魔物が停止領域内で硬直していた。


 うっかり領域内に入ってしまった魔物は硬直し、それを見た魔物は逃げ出したのだろう。


 チトセが七体の魔物をサクサクと倒していく。


 本来なら一体を倒すのに命懸けの戦闘を二分ほど繰り広げることを考えると、信じがたいほどの好効率だ。


 セスクは城の廊下や壁をキョロキョロと見て、歓喜の声を上げていた。


 そのままレオル達は二階に上がったが、魔物はいなかった。


 念の為いくつか部屋を開けてみると、人が生活している痕跡があった。


 城内にいた人達は、騒ぎを聞きつけて、他の部屋や外に避難したのかもしれない。


「俺達は勘違いしていた。城はまだ魔物に支配されていない。城も王政も機能している。魔物は城の近くのどこかに潜んでいるんだ」


「では、庭にいた魔物は、わたしたちの侵入に気付いて出てきたということでしょうか?」


「そうだ。俺達が内壁を突破したとき、魔物は庭に現れたんだろう。そして俺達が地下に潜ったとき、地下まで追ってきた。そう考えると辻褄が合う」


 レオル達が最初に城に侵入したとき、一階には魔物がいなかった。二階に上がってからも魔物はいなかった。


 つまり、最初から城の中に魔物はいなかったと考えられる。


 城の裏辺り、レオル達の見ていない場所に魔物が住んでいる可能性は高い。


「王は魔物が城の近くに潜んでいたことを知っていたのでしょうか?」


「その可能性は高い。魔物が城の近くに潜んでいるとしたら、それを敷地外の人間から隠す必要がある。人間の協力が必要だ」


 王あるいは第三者が魔物と協力し、王城の近くに魔物を住まわせているのだろう。

 おそらく、そのことを知っているのは一部の人間だけだ。


 知っていたのは、セスクとセスクの世話をしていた侍女。

 魔物と戦うための切り札であるセスクには、王家の実情を伝えられていたのだろう。


 知らなかったのは、オーブリー王女。

 彼女は魔物の存在に近づいたために、消されそうになった。


 つまり、王の秘密は、王が魔物を王城の近くに住まわせていることだったのだろう。


 王と魔物は協力関係にある。

 その理由はわからないが、レオルは真実に近づいている手ごたえがあった。


「上級の魔物は固有魔法を使用できる。人間と協力関係を築くことができるような魔法を持った者がいるかもしれないな」


 考えられるのは三パターンだ。


 魔物が脅しによって王を従えているか、特殊能力によって王を従わせているか、悪意を持った王が自ら魔物に協力しているかだ。


 三つ目は考えづらい。

 オーブリー王女の話を聞く限り、王は誠実な人間だ。積極的に魔物に加担しているとは考えづらい。


 一つ目は十分にあり得る。

 王の大事な人、あるいは街の多数の一般人を人質に取ることで、魔物が王を従わせることは可能だろう。


 しかし、魔物に従うことで、長期的に大きな被害になることは明白だ。世界王なら、そうやすやすとは従わないだろう。


 最も可能性が高いのは二つ目だ。

 特殊な力によって、王が操られている可能性は十分にありえる。トレントを操る魔物がいたのだから、人間を操る魔物がいても不思議ではない。


 総合的に考えると、二つ目の可能性が高い。


 その場合は、特殊な力がレオル達にも有効な可能性があるため、警戒しなければならない。


「よくわかんねーけど。そもそも、魔物が人間と協力していいことがあんのか? 城の近くに住む意味もわからねえ」


「少なくとも、冒険者に狩られる心配は無くなるな。それ以外にも理由はあるのかもしれないが」


「なるほど……魔物は強いとはいえ、無敵ではないですもんね。身の安全が欲しかったのかもしれないです」


「身の安全を確保するだけなら、強い村でも作ればいいのよ。レオルの言うように、きっと他の理由があるんだわ」


「僕も侍女から理由までは知らされていなかったからねぇ。彼女は魔物の存在には気づいていたが、詳しい事情は一切知らなかったよ」


 レオル達は考察を重ね、真実に近づいた感覚はあったものの、これ以上は実際に確かめるしかないという結論に至った。


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