54 最終章 最強の魔法
レオルの言葉に、ルリエとアッシュは武器を落とした。
これまで何度もレオルの言動に驚いていた三人だったが、この時ほど口を開けていたことはない。
「レオル様、コンマ一秒で百パーセントの力を放出し続けるのだって、不可能に近いですよ!?
一度だけならレオル様はできるかもしれませんが、何秒も何十秒も続けるのですから! 体力の消耗が激しすぎます!
それをギリギリのコンマ三秒まで待って、七百パーセントだなんて!? いくらレオル様でも不可能ですよっ!」
「それに、一体なんの技を使うつもりなのよ……。盾魔法は魔力の消耗量が一定ではないでしょう。敵の攻撃を受けたら消耗するんだもの。
百歩譲って、コンマ三秒で七百パーセントの魔力を放出できたとしても、盾魔法が歪んで壊れる可能性があるわよ」
「難しい話はわかんねーけど、オレも無理そうだってことはわかるぜ?」
三人が口々に言う。
その隙に、魔物はレオル達の十メートル手前まで迫っていた。
先頭は紫色の人型の魔物だ。限りなく人に近い容姿をしている女性型の魔物は、艶やかな唇を歪めてニタリと笑った。
「仲間割れかしら? 面白いわ。もっと見せて」
「いいや、作戦会議だ。お前達全員を封じる準備は整った」
レオルが答えると、魔物は愉快そうに笑った。
「あははははは! 死ぬ間際に冗談を言う人間がいるなんて! 面白いわ! それとも最後に見栄を張ったのかしら!? この人数を封じるだって! あははははははは!」
魔物は笑い声まで流暢だ。
これまでレオル達が出会ってきたどの魔物よりも人間に近い。
三十体以上いる魔物たちの先頭に立っているだけあり、間違いなく過去最強だ。
レオルは振り返ると、ルリエの青い瞳を見つめた。
「この室内を完全停止させる。打消しは任せた」
「レオル様……まさか…………あの魔法を?」
レオルは視線で合図を送ると、セスクはレオルに両掌を向けた。
「何をするつもりかわからないが、やる気なのは良いことだねぇ。キミの力を見せてくれぇ、盾使いのレオル」
ボウッ………………。
セスクの手のひらが金色に輝き、レオルの全身が熱した鉄を押し付けられているかのように熱くなった。
バクッ……バクン…………バクン…………。
許容量を超えた魔力が全身に流れ、心臓が飛び跳ねる。
手足どころか、顔からも膨大な魔力があふれ出す。
視界が歪んでいるが、部屋の反対側の壁紙の凹凸が見えるほど視力は強化されている。
レオルは生まれて初めて制御不能の魔力に押しつぶされそうになった。
少しでも気を抜いたら意識を失いそうだ。
海の渦に飲まれているような状態だ。
無意識に魔力を大量放出しているが、許容量を超えているのか、ギリギリ許容内なのかわからない。
ただ、まともに魔法を使えていないことは確かだった。
魔力の濁流に飲まれ、魔力を垂れ流し、嗚咽を堪えているだけだ。
そんな中、ふとレオルの右手に柔らかい感覚があった。
手を優しく包み込む人の肌。長く細い指が動き、そこにいることを教えてくれる。
次第に聴覚がはっきりしてきて、レオルを呼ぶ声が聞こえた。
ルリエ、チトセ、アッシュ、三人が口々に叫んでいる。声を聞き分けることができる。
視覚がクリアになり、見慣れたルリエの心配そうな顔が見えた。
その瞬間、体に纏わりつく魔力が振り払われたかのように、ブワッと全身が感覚を取り戻した。
「コントロールしたか、盾使い」
セスクの声がすると、ルリエ達の歓喜の声が上がる。
レオルはフッと小さく笑い、ルリエの両手からすり抜けると、ウロボロスの盾を構えた。
「ルリエ、いくぞ」
「はいっ、打消しますっ!」
ブォッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッン!
ウロボロスの盾から膨大な魔力が放出された。
レオルの体内で爆発的に増える魔力がわずかに形を変え、霧状に放出される。
どれだけ魔力を無駄遣いしても減らない。体内から体外へ魔力の川が流れているような不思議な感覚だった。
霧状の魔力は爆風のように広がり、あっという間に魔物達を閉じ込める。
五秒も経たない内に室内は透過性の青い魔力で一杯になった。
魔物達はピクリとも動かず、数秒前の形で不自然に止まっている。
ルリエの杖は白く光っていて、ルリエ達の周りの空間だけは青い霧が晴れている。
「レオル様、凄いです! 成功しましたよ! 遅延空間の強化技ですね!」
「ああ、霧状の魔力を大量放出した」
遅延空間は魔力濃度が濃いほど遅延の効果が強くなる。
室内がレオルの濃い魔力で埋め尽くされたため、魔物は全身に膨大な負荷がかかり、身動きできなくなっていた。
遅延空間を超越した、『停止領域』とでも呼ぶべき魔法だった。
セスクは魔物を間近で観察しながら、愉快そうに笑った。
「ハッハッハ……キミはこんな凄い魔法を持っていたのか。魔物が瞬きすらしない。時間が止まったかのようだ。人生でこれほど愉快なときは初めてだよ!」
地下生活を送ってきたセスクにとって、魔物に襲われるスリルも、それを乗り越える喜びも新鮮なのだろう。
ただでさえ刺激に慣れていない男が、最高レベルの刺激を味わったことで、テンションが上がっているようだった。




