53 最終章 王家の切り札
「なっ…………なんだそりゃ!? 強いのか!?」
「えっ、凄くないですか?」
「凄い魔法だけど、期待したほど強くないわ。魔物十体には敵わないわよ。撤退ね」
三人はそれぞれ異なる反応をしていた。
具体性が無さすぎて、まだ能力の評価はできない。
しかし、レオルが想像している通りなら、『世界を滅ぼすほどの力』という王女の言葉にも頷ける。
「魔力を増やす魔法は、消費量よりも増加量の方が大きいのか?」
「当たり前だろう。そうでなければゴミだ。僕の魔法は、わずかな魔力消費で、対象の魔力を倍に増やすことができる。自身を対象にすることもできる。つまり魔力は無限なんだよ」
チトセはそれを聞いても納得のいかない表情だ。
「確かに凄いけど、想定の範囲内なのよ。魔力切れが起こらないという話でしょう。それだけで城の魔物と戦えるとは思えないわ。
庭で見ただけで十体、庭の見えないところに百体、屋敷の中に百体以上いてもおかしくないのよ。それこそ王女の言葉通り、『世界を滅ぼすほどの力』でなければ勝ち目なんてないわ」
「だから最初から言っただろう? 戦うのは僕じゃない。君達だ。君達の強さが僕の命を左右するんだよ。君達が無限の魔力で勝てないのなら、勝てないさ」
そう言った瞬間。
ヒタ……ヒタ……ヒタ……。
ヒタ……ヒタ……ヒタ……。
ヒタ……ヒタ……ヒタ……。
廊下を素足で歩く音が聞こえた。
その足音は徐々に近づいてきて、やがてドアの側で止まった。
「ギィ」という声と共に、室内に魔物が入ってきた。
紫色の人型……緑色の四足歩行……灰色の一つ目……紫色の巨漢…………。
次から次へと室内に入ってくる。その列はなかなか途切れない。
魔物たちが足を止めたとき、室内にいる数は三十体を超えた。
廊下からはまだ無数の声や足音が聞こえている。
地下だけでおそらく百体ほど、その上や城の周りにはもっと多くいると考えられる。
(逃げるタイミングを逃したな)
セスクを味方につけることを優先し、長話に付き合っていたが、裏目に出た。
入口は魔物に塞がれている。
天井に穴を開けて逃げるには時間がかかる。魔物たちは攻撃を待ってくれないだろう。
アッシュが重力を上乗せしたハンマーで地面を破壊したとき、数回の打撃が必要だった。重力に逆らって天井に穴を開ける場合、その倍以上の時間がかかるはずだ。
「セスク、俺の魔力を増やしてくれ」
ルリエ達は当然のようにレオルの発言に頷いた。
ルリエとアッシュは魔力保有量に余裕があるし、チトセは魔力消費量が少ない。セスクの魔力増加を最も有効に使えるのはレオルだ。
勝てる見込みは無いが、諦めるにはまだ早い。
実際に魔力増加の効果を得れば、何か打開策が思い浮かぶかもしれない。
「ああ、構わないさ。僕に選択肢は無いからね。僕の命を君に託そうじゃあないか」
セスクはそう言って、レオルに手のひらを向けた。
「ちなみに一つ言っていなかったことがあるよ。この魔法は一瞬で魔力を二倍に増やす。そして、倍になった魔力を次の一瞬で二倍にする。一秒も立たずに対象の魔力は千倍を超えるんだ。
普通の人間には耐えられないねぇ。魔力保有量の限界を超えて、二度と魔法を使えなくなることもあるよ」
「えっ……そんな…………」
ルリエ達の表情は絶望に染まった。
レオルの魔力保有量は決して多くない。一般的な冒険者よりは上だが、メインアタッカーやメインガードをこなすには心許ない程度だ。
セスクの魔法を受けたら、おそらく一秒も経たずにパンクする。
「そんな魔法……使えるわけがないじゃないですか…………」
「ストップだストップ! 自爆するだけだ! 役に立たねえ! 素の力で戦った方がマシだぜ!」
「オーブリー王女が『世界を救う力』ではなく、『世界を滅ぼす力』と言った意味がわかったわ」
チトセは頭痛のように、目頭を押さえた。
そうしている間にも、魔物たちはヒタヒタと近づいてくる。
部屋があまりにも広いため、歩行で近づいてくる分にはまだ多少の猶予はあるが、新たな案を生みだすには短い時間だ。
「セスク、あなたの力は人間相手には使えないわ。魔力が二倍や四倍なら漏れ出る程度だけど、八倍以上になった時点で、普通の人間に耐えられるはずがないもの」
チトセの言葉を受け、セスクはハハハと自暴自棄な笑い声をあげた。
「気付いてしまったようだね、賢いお嬢さん」
「ええ、気付いたわ。あなたが『世界を滅ぼす力』と呼ばれた理由、そしてこの地下に匿われていた本当の理由に」
レオルもその答えに気付いていた。
王家が何を恐れ、セスクを地下に匿っていたのか。
魔力増加が有効な能力なら、大々的に世間に公表し、使いこなせる冒険者を募れば良かった。
そうしなかったことには理由がある。
「あなたの力は、魔物なら使いこなすことができるわ。あなたが魔物の手に渡ると、人類は滅びる」
ルリエが口を手で押さえ、悲鳴を漏らした。
チトセが言った最悪の事態は想像に難くない。
万が一セスクが魔物に脅されたり操られたりして、魔物に協力することになった場合、魔物一体とセスクで、半年もかからず地球を更地にできる。
特大魔法を連発できる魔物なら、セスクの魔力増加に耐えられるだろう。
「そうさぁ。この窮地を乗り越えられないなら、魔力増加は使わない方が良いかもしれないねぇ。僕が力を隠して死んだ方が人類の為になるよ」
セスクは目を見開き、金眼鏡で大きく歪んだ金色の瞳でレオルを覗き込んだ。
「決断するのはキミだよぉ。諦めて死んだ方が人類の為になるかもしれない。キミが命惜しさに悪あがきすれば、人類の余命はあと三か月になるかもしれない。どうするぅ? 盾使い」
レオルは想像してみた。
自分の魔力がコンマ一秒で二倍になり、コンマ二秒で四倍になり、一秒で千二十四倍になる感覚。
(限界はコンマ二秒から三秒の間か)
コンマ一秒で平常時の全魔力を放出することができれば、理論上はパンクしない。
しかし、それではこの数の魔物に有効な魔法は発動できない。
「問題ない。コンマ三秒になる寸前で、平常時の七百パーセントの魔力を消費する」




