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5 魔物戦 前編


「魔物が現れました!」


 息を切らしながらそう伝えた受付嬢の顔は蒼白だった。

 一線級のパーティが互角に相手をするような厄災が、こんな街中に突如現れるなど前代未聞だった。


 魔物は気紛れな種族で、人を襲う明確な目的は判明していない。稀に人と接触し、人を殺めることはわかっている。人類と全面戦争をするだけの個体数がいないのだろうというのが俗説だった。


「チトセ、一緒に来てくれないか」


 レオルの言葉に、チトセは驚きの表情を浮かべる。


「あたしなんかを連れて行って、どうするつもり……?」


「メインアタッカーが必要だ。一撃で倒せないなら、二発撃つしかない。それでも俺やルリエよりは、本職の君の方が高い火力を出せるはずだ」


「魔物と……戦うつもりなの?」


「戦わなきゃ死ぬ。俺達だけじゃなく、この街の人間全員が……そうだろう?」


 レオルが受付嬢に目線を配ると、受付嬢は涙を浮かべながらうなずいた。


「はい……現在、一線級パーティは全て出払っています。いまこの街に望みがあるとすれば、魔物との戦闘経験があるレオル様だけです」


 受付嬢が部屋に入ってきた時点で、そのような状況なのだろうと、レオルは察していた。さらに、戦う場合は最低でも二線級以上のメインアタッカーが必要で、チトセを上回る者を見つける時間はないと結論付けていた。


「俺達と来てくれないか」


 レオルの伸ばした手を、チトセは震えながら握った。


「わかったわ。ただ一つ言っておくけど、あたしのデメリットは威力じゃない。威力だけなら、一線級と評価されたもの」


「何だって……?」


 ギルドの外から悲鳴が聞こえた。街を破壊しているかのうような騒音が近づいてくる。

 レオルはルリエに目配せすると、チトセをおぶって駆け出した。


 ギルドの外へ出ると、人型の魔物が手から魔法攻撃を放って、建物を破壊していた。

 肌は紫色。人間の女のような形をしているが、目玉は一つ。両手から小さな魔法を連射している。


(魔物の中ではまだマシな方か)


 明確にはなっていないが、魔物にもレベル差があり、人間に近い見た目をしている者ほど戦闘力が高い。一つ目玉の魔物は人の言葉を話すこともできないため、魔物の中では下級の存在だとわかる。


「やっぱり、無理かもしれないわ……」


 チトセが震える声で言った。

 レオルはチトセを背中から降ろし、顔を見合わせる。


「怖いのか」


「違う……あたしの能力では攻撃できないの」


 レオルは意味がわからず、ルリエに目配せするが、ルリエもわからないと首を振る。


「どういうことだ?」


「あたしの能力……呪術のデメリットは……」


 チトセは目をぎゅっと瞑り、声を漏らした。


「相手に触れないと、攻撃できない」


 その言葉に、ルリエは絶望の表情を浮かべた。


「そ、そんな…………それではもう、この街は…………」


 メインアタッカーを務める者は一つの大技に集中する必要があるため、細かな攻防などは一切できない。基本的には敵に近づくことなく後衛から大技を放つ。


 射程の短いメインアタッカーなら多少は敵を引き付けることもあるが、ゼロ距離で攻撃する者はいない。

 なぜなら、リスクが大きすぎるからだ。


 魔物や怪物は基本的に動きが速く、強化魔法をかけた人間と同程度の速度で動く。その攻撃を搔い潜って無傷で敵に触れるのは至難。よほどのレベル差がなければ敵わない。


 あるいは、相殺覚悟で攻撃することはできるかもしれないが、そのような戦い方をしていたら命がいくつあっても足りない。


 さらに、目の前にいる魔物は怪物とは比にならない強敵のため、チトセは相殺覚悟でも敵に触れることは不可能だ。指一本触れることなく消し炭にされる。


 しかし、その不可能を可能にできる男がこの場にはいた。


 魔物に一度も攻撃されないようにチトセを守り抜き、逆にこちらの攻撃を一発当てるという芸当を、レオルならできる。


 もちろんそのような特殊な対応は、レオルといえど、過去に一度も実践したことはないが。

 レオルは長年の経験からできるという確信があった。


「思ったよりもデメリットが小さくて助かった」


「は……?」


 チトセとルリエが驚きの表情を浮かべ、次の瞬間、チトセは頬を膨らませる。


「あたしの話を聞いていたの!? あたしは敵に触れないと攻撃できないの! あんな化け物に触れるなんて、できるわけないでしょ!」


「そ、そうですよレオル様。いくらレオル様といえど、無防備なチトセさんを魔物の至近距離まで守り抜くなど……」


「問題ない」


 レオルにとって考えうる最悪は、チトセの攻撃力が足りず、魔物に決定打を与えられないことだった。

 有効な攻撃手段が無ければ、いかに防御に長けたレオルであろうとジリ貧になる。


 しかし、火力があるなら別だ。

 常軌を逸した困難な条件だろうと、サブガードの役割で補える範囲なら、レオルにはやれる自信があった。


「チトセは呪術の準備をして、そのときが来たら撃ってくれ。明確な合図を送る。ルリエはそれまでの間、チトセを守ってくれ」


「わかりました。レオル様を信じます」


「わ、わかったわ……」


 二人が承諾すると、レオルは前線に飛び出した。

 そこからの二分間、レオルは一人で魔物の攻撃を防ぎ切った。


 物理攻撃は最小限の魔力を込めた盾で弾き、どうしても対応できない攻撃には魔力の壁を使用。その判断力はまさに天才的で、事実、レオルが参戦してから人的被害はゼロだった。


 もちろん建物への被害まで全ては防ぎきれなかったが、魔物が現れた街としては奇跡的な被害の小ささと言える。


 その裏には、ルリエの貢献もあった。

 ルリエは打消し魔法の使い手であり、対魔法には滅法強い為、レオルは敵の魔法攻撃をルリエへ誘導していた。


 そうすることで、自分の魔力を節約する作戦だ。

 期待通り、ルリエは彼女に向かっていった魔法を全て打消した。


 上級怪物程度の知能を持つとされる魔物は、レオルの動きの意味を理解していたはずだが、防御一つ一つを次の防御へ繋げるレオルの戦闘技術に翻弄され、大技をほぼ全てルリエの方向へ無駄打ちしていた。


 ルリエは自らの役割をこなしながらも「すごい……」と声を漏らし、驚愕の表情でレオルの動きを目で追っていた。


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