49 最終章 王家の秘密
ギルドの奥の一室は静かだった。
アッシュは自分が話すべきではないと考えているのか、レオルに何度か視線を送っただけで、普段のお喋りは鳴りを潜めている。チトセは疑わし気な目でオーブリー王女を見ている。
そんな中、最初に口を開いたのはルリエだった。
「オーブリー王女……失礼ですが、本物なのですか? あなたは十年前に亡くなったと発表されていましたよ……?」
「私は王家を追放され、死を偽装されました。このことを知っているのは私と私の両親、そして事件の関係者達だけです」
「王女様が王家を追放されるなんてことがあるのですか? しかも死を偽装されるだなんて……そんな……」
「信じられないもの無理はありません。最初からお話しましょう」
王女はゆっくりと三時間かけて、事情を話した。おおよその内容はこうだった。
彼女は二十歳の頃、王家に嫁いでから、王が何かを隠していることに気付いた。
王は部屋にこもり、誰にも顔を見せないことが多々あった。王女に知らされず、世界の法が変更されていることもあった。
不思議に思った王女は王を問い詰めたが、王の受け答えは誠実そのもので、瞳や口調に後ろめたさは感じられなかった。
しかし、王が何かを隠しているという王女の考えは揺らがなかった。
王が話した一人の時間を作る理由は嘘だ。王には誰にも話せない秘密がある。
王を問い詰めた翌日、王女が目覚めると、魔法兵たちに杖を向けられていた。
魔法兵たちは王に忠誠を誓っていた信頼できる者達だった。
彼らは泣きながら、王女を殺そうとした。どのような葛藤があったのかはわからないが、杖を向けながら、攻撃はしなかった。
王女は何度も事情を尋ねたが、誰一人として口を割らない。
やがて伏兵が迫ってくると、魔法兵の一人が王女に危険を伝えた。
『彼らは本当に貴方を殺します。逃げてください』
自分を殺そうとしていた者がそう言ったのだ。
『これが私に言える精一杯です』と魔法兵は付け加えた。
誰かに口止めをされているのは明らかだった。
その相手は王だろう。彼らは王に忠誠を誓った者達だ。
王女は王城から逃げると、故郷の家族の元に戻り、隠れて過ごした。
しばらくすると王女の死が世間に公表された。
「それから十数年間、王女や家族は無事だったと?」
「はい。いつ追撃が来るかと怯えていましたが、彼らは城から出た私を殺しに来ませんでした。私を殺そうとした者の目的は未だにわかりません」
レオルは少し考え、仮説を立てる。
「王城の中には、王女を殺そうとした者と、生かそうとした者がいるようだな。王女の死を偽装したのは後者だろう。死を偽装することによって、追撃の手を止めたと考えられる」
「私もそう思います。そして、私を守ろうとしたのはおそらく王です」
「ちょっと待って……王女様を殺そうとしたのが王じゃないの……?」
チトセが口を挟んだ。
最初に王女を殺そうとしたのは魔法兵たちだ。
魔法兵は王に忠誠を誓っているため、王の言葉で動く。
最高権威の王の部下であるのだから、王を裏切り、別の者の部下になるメリットは無い。
彼らは十分な報酬を与えられていて、平和に生活していて、王に背く動機は無い。
「わかりません。私を殺そうとした者も、生かそうとした者も、どちらも王のような人物が想定されます」
王女の死を偽装するのは簡単なことではない。
王女を殺そうとした者を欺き、世界中にその嘘を広めたのだ。それほど影響力のある者は王であると考えられる。
王が二人いる……?
そんな馬鹿な、とレオルは思い直す。
「他にも王家には不可解なことがあります。王の居住区はどんどん広がり続け、大都市ほどの大きさになっています。また、元々私は疑問に思っていましたが、王家は世界中から膨大な食料を集めています。王城に住む家来の数百倍に十分な食料が毎年どこかへ消えているのです」
「何にしても王城で何かが起きているということか」
「はい。私はこれまで王家の秘密を探ろうとしていましたが、外側からでは何もわかりませんでした。内側に入って調べるしかありません。最悪の場合は内部に潜む敵を倒す必要があります」
王女はレオルを見つめた。
チェリーレッドの美しい髪は、フードに押さえつけられていたために乱れている。豪雨の水滴は中に着ている服の襟元にも浸透している。
「私は長年、王家の秘密と戦える戦力を探していました。そして、ついに見つけたのが白創の古です。
あなた方は百体以上のトレント達に襲われていたメールス国を救いましたね。私はその噂を耳にしてからすぐにメールス国へ向かい、エマ・ナトル姫から事実確認を取りました。信じがたい話でしたが、事実だと。
世界の秘密と戦える者がいるとしたら、あなた方しかいません」
「わかりました。力を貸しましょう、オーブリー王女」
レオルは敗北を経験したことがない。世界と戦うという言葉の重みに恐怖を感じることはなかった。
オーブリー姫は他の三人の目を順に見まわし、レオルに視線を戻す。
「世界王城は大都市ほどの敷地を持ちます。そこには千人以上の精鋭がいて、さらに私を殺そうとした他の敵が潜んでいる可能性もあります。
あなた方がどれほど強くても、四人のパーティで正面から突破することはできません」
当然だろうとレオルは考える。
どれほど力のあるパーティでも、たった四人で大都市規模の人数を相手にできるわけがない。
隠密行動をして敵の頭を叩く、それが唯一の勝ち筋だとレオルは考えていた。
王女の出した答えは違った。
「あなた方には五人目が必要です。王国が長年隠していた切り札があります」
「切り札?」
レオルが聞き返し、ルリエ達は首を傾げる。
「王国がその存在を公にせず、王城の地下に匿っていた者です。能力の詳細は不明ですが、国を亡ぼすほど危険な力を持っていると言われています。
彼が加入すれば、あなた方は世界と対等に戦えるでしょう」
「そんなに強いなら、そいつ一人でいいんじゃねえのか?」
アッシュが言ってから、王女への口調ではないことに気付いたのか口を押さえた。
王女は気にした様子もなく、静かに答える。
「彼はサポーターです。一人では誰よりも弱いと言われています」
たった一人のサポーターがパーティの力を数百倍に引き上げると王女は言っている。
荒唐無稽な話だ。
レオルは理性で否定しながらも、王女の表情や口調から、その言葉は本当なのだろうと直感した。
「まずは彼を……『錬金術師』を味方に引き入れましょう」




