48 最終章 世界王女
これまで2~3話でひとつのエピソードでしたが、最終章は10話以上でひとつのエピソードになります。
レオルが大活躍し、ハッピーエンドになることは約束します。
ある豪雨の日、レオル達はギルドのテーブルを囲み、次に受けるクエストを検討していた。
ギルド内の人は少ない。三十以上あるテーブルの内、埋まっているのは五つだけだ。
ほとんどのテーブルの冒険者達はやることがなくだらけている。
というのも、彼らは望んでギルド内に残ったわけではない。
朝は小雨だったが、徐々に雨脚が強くなり、帰宅するタイミングを逃しただけだ。
レオル達は金銭面に余裕があるため、いざとなればギルドの宿を借りればいいと考え、特に今後の天気を気にすることもなく当初の目的通りに動いていた。
本日は一線級のクエストが数多くあったため、一通り目を通すのに一時間、候補を絞るのに三時間以上かかっている。休憩を挟みながらのため、すでに時刻は昼過ぎだ。
外は薄暗く、豪雨が窓を叩く音と落雷の音が一層激しくなっている。
仕事の無い受付嬢達の雑談が時折楽し気に聞こえるが、ギルド内の空気は全体的にどんよりしていた。
外に出たら命を落としかねないほどの豪雨。ドア一枚隔てた外側に死のリスクがある不思議な雰囲気の中。
カランコロン…………。
ドアが開き、豪雨の音が一層大きくなった。
早くドアを閉めてくれないかとレオルが視線をやると、そこにはフードを被ったずぶ濡れの人がいた。
灰色の地味なローブを着ていて、顔はフードの影で見えない。
こんな天気の悪い日に外を歩いているなど、まともな事情がある人とは思えない。
ギルド内の視線は一瞬フードの人物に集まったが、すぐに皆視線を逸らした。関わりたくないという意思表示のようだ。
ただ一人、レオルは彼女を観察していた。
(人間か?)
警戒心の強いレオルは、その人物が魔物や怪物である可能性を考慮していた。
フランケンシュタインのような人型の怪物が人に偽装し、大雨の中、手薄なギルドを狙ってきたということも考えられる。
フードの者が受付嬢の方に近づき、フードをおろすと、レオルの考えは杞憂だと判明した。
髪色はチェリーレッドで、肌の色や顔の造形は人間の女だ。
襟元はローブの下に着た綺麗な服が見える。まともな生活をしている人間のようだ。盗賊などトラブルを持ちこんでくる輩には見えない。
女は受付嬢に小声で何かを話すと、受付嬢はレオル達に手のひらを向けた。
女が振り返ると、レオルと目があった。
ピンク色の瞳、端正な顔立ち、厚い唇が特徴的な三十歳ほどの美しい女だった。
彼女は優雅な足取りでレオル達に近づいてくる。
(体幹がしっかりしているが、冒険者ではないな。何者だ?)
戦闘経験のある者とは異なる隙だらけの歩き方だが、芯が通っていて美しい。
女はレオルの近くまで来ると、静かな声で言った。
「貴方が『白創の古』のレオル・アクレスですか?」
「ああ、そうだ」
低く芯の通った声、まるで騎士のようにキビキビとした話し方。荘厳さを醸す話し方の訓練を受けている者のような印象だった。
「私は世界王女、オーブリーです。あなた方に依頼があります。別室へ来ていただけませんか」
ルリエ達の息を飲む音が聞こえた。
世界王女は、全世界を統一している王の嫁だ。
各国に存在する王や王女の中で、最も優れた先進者として議会で選ばれた者が世界王や世界王女となり、世界の主要事項の決定権を得る。
オーブリーの名や外見的特徴は、全世界に知れ渡っている。彼女を描いた絵画などは、街中で目にする機会も多い。
チェリーレッドの髪色、ピンク色の瞳、美しい顔立ちは、彼女の特徴と一致する。
本物の世界王女オーブリーだとレオルは直感する。
彼女の振る舞いの高貴さが、外見的特徴の一致よりも雄弁に、彼女が本物であることを物語っている。
世界王女がレオル達のギルドに現れたことも驚きだが、それ以上にレオル達を驚かせている事実があった。
オーブリーは十年前に亡くなったと発表されていた。
普通に考えれば、彼女はオーブリーの偽物だ。何らかの目的があって、オーブリーに成りすましていると考えられる。
(しかし、偽物なら死人の名を語る必要は無いな)
死人のフリをすれば信憑性が無くなり、嘘がバレやすくなる。
この世の大抵の詐欺行為であれば、わざわざ世界王女オーブリーを名乗らなくても、クレーシュ国のナタリー姫や他国の王女を語れば事足りる。貴族の女でもいいだろう。
これほどの美貌や荘厳さを兼ね備えている彼女なら、いくらでも重要人物の名を語れる。あえて死人のオーブリーを名乗る必要はない。
レオルは彼女が本物のオーブリーだと信じることにした。
(なぜ彼女が生きているのだろうか)
世界王から正式に彼女は死んだと発表された。死は偽装されたものだったのか。だとしたらなぜそのようなことをしたのか。
レオルの頭脳は思考を巡らせたが答えは出ず、彼女の口から聞かせてもらおうと結論付けた。
「話を聞かせていただこう」
レオル達は受付嬢に許可を取り、誰もいない別室に移動した。




