46 トレント ~トレント地帯編~
レオル達は城の外に出ると、道脇で孤立しているトレントを見つけた。
見た目は木そのものだが、トレント達はどれも同じ色形のため、見分けがつく。
「とりあえず一体倒してみよう。この事象を起こしている何者かが反応するかもしれない」
「ええ、いいアイディアね。やってみるわ」
「お二人とも気を付けてくださいね」
チトセがトレントに近づいていくと。
ブンッ…………!
トレントは枝を鞭のように振った。
すかさずレオルが間に入り、防御壁を展開する。
バヂッ…………!
防御壁に衝突した枝葉が細かい摩擦音を鳴らした。それほど強い攻撃ではない。
チトセは気にせずトレントの幹に手を伸ばす。
「さあ、どうなるかしら」
バシュッ………………。
数百本の黒線がトレントを包み込んだ。
幹の部分がぐでっと力なく緩み、牙の生えた一メートルほどの口が半開きになった。
「うぇ……口はこうなってんのか。不気味だな」
「これが木のフリをして襲ってくる。森の中ではそれなりに強い怪物だ」
「街中だとこんなに弱いのね。正体がわかっていれば、対応できるものね」
そんな感想をこぼしていると、レオル達の背後で砂利を踏む音がした。
「クヒヒヒヒ……トレントを瞬殺したようだナァ。オマエがレオル・アクレスかァ」
振り返ると全身緑色の魔物が立っていた。
見た目は人間に近い男性型だが、植物の蔓のような指先がシュルシュル動いている。
頭には蔓を編み込んだ冠のようなものを被っている。
(見た目からして、植物に関する固有魔法を持っていそうだな)
「お前がトレントをこの街に送り込んだ元凶か。なぜ俺の名を知っている」
「魔物には魔物のコミュニティがあるのさァ! お前は何人も同族を倒してるようだなァ……! ニンゲンのSクラスに認定されてるぜェ?」
魔物は普段単体で行動しているが、情報共有する程度のコミュニティはあるらしい。
何体も魔物を倒しているレオルは、魔物達の中で有名人のようだ。
レオル達が武器を構えると、魔物は笑いながら姿勢を低くした。
「クヒヒヒヒ……この都市にはオレの手足となるトレント達がいる。この都市に入った時点でオマエ達はオレの手のひらの上だぜェ? オレが戦うまでもねェなァ!」
魔物はレオル達に背を向けると、猛スピードで逃げ出した。
「逃がすかっ!」
アッシュがすかさず追いかけたが、トレントが立ちふさがる。
「うおっ……と」
急ブレーキで止まる。
レオル達の周りには、いつの間にか百体ほどのトレント達が集まっていた。
まるで森の中に迷い込んだかのようだ。
「囲まれたか。やはりあの魔物はトレント達を操れるようだな。直接戦わず、トレントを使って俺達の体力を削るつもりだ」
「体力を削るどころか、このまま倒されてしまうかもしれませんよ!? レオル様、この数はまずいです!」
「逃げ場がないわね……どうすればいいのよ……」
「あの魔物、卑怯な真似しやがって……! どうせあいつを倒さないと勝てねえんだろうな」
魔物を倒せばトレント達の大量発生は収まるはずだ。
しかし、百体以上のトレント達に紛れ込んだ魔物を探すのは困難だ。
(まずはこの状況をなんとかするべきだな)
トレント達は根を足のように動かし、レオル達に迫ってくる。
「ギャギャギャギャギャギャギャギャッ!」
奇声を発しながら一斉に襲い掛かってきた。
太い枝は鞭のようにしなり、無数の葉は斬撃になる。
「きゃあ!」
「やばいぜ!」
「レオル様っ!」
三人が口々に叫んだ瞬間、レオルはサンダーバードの盾から半球壁を展開した。
半径三メートルほどの半球型の青い魔力が、レオル達を包み込む。
バヂッ! バヂヂッッ! バヂッッ! バヂンッ! ヂッ! バヂヂヂッ!
小枝は折れ、太い枝は弾かれた。
レオル達の視界は緑と茶色に埋め尽くされたが、全員無傷だ。
「す……すごいです。この数の攻撃を全部防げるだなんて……! さすがレオル様です……!」
「た、助かったわ……。全方向の防御、頼もしいわね。すごい防御力だわ」
「半球壁って脆い技じゃなかったか? よくこの枝葉を全部防げたな」
「反射力が備わっているからな」
半球壁は広範囲を薄く守っているため、通常の盾魔法より脆い。
しかし、レオルの半球壁はサンダーバードの盾の特殊効果で反射力を得ているため、通常の半球壁よりも遥かに頑丈だった。
「ふぅ……助かりましたが、このままでは身動きができませんね。どうしましょう?」
「囲まれてるから逃げ場がないわね。周りのトレント達を地道に倒して道を作るしかないのかしら」
「それは無理だろ。この状況だと、一体倒すのも骨が折れそうだぜ」
トレント達は休むことなくレオルの半球壁を攻撃している。
一瞬でも解除したら無数の枝葉が襲ってくる。
レオルは少しの間考え、答えを出した。
「ルリエ、俺達全員を宙に浮かせることはできるか?」
「ええ、できると思います。ジャコランタンの杖になって基礎魔法が強化されましたから、四人なら大丈夫ですよ」
「上空ならトレントも追ってこれねえな! ナイスアイディアだぜ!」
「普段の戦闘で飛行なんて絶対に使わないのに、よく思いついたわね」
人間は基本的に一度に一つの魔法しか使えないため、戦場で攻撃や防御を捨てて飛行することは無い。
しかし、レオルとルリエが役割分担すれば、盾を維持したまま空を飛ぶことができる。
ルリエは杖の先端を足元に向けた。
全員の足がふわりと浮き上がり、そのまま十メートルほど上昇した。
ここまで来ればトレント達の攻撃は届かない。
「いい魔法だな、ルリエ」
「ありがとうございますっ! レオル様の作戦のおかげですよ!」
トレント達はレオル達の足元に密集し、枝を振り回し続けている。
あまり知能は高くないようなので、遠距離攻撃される心配は無さそうだ。
「では、ゆっくり移動します。城の方に逃げましょう」
「ああ、任せた」
と、レオルが答えた瞬間。
二百メートルほど先の地上が光り、光線が一直線にレオル達の方へ飛んできた。
「さっきの魔物か」
「遠距離攻撃かよ!」
「まずいわね……」
「このスピードでは逃げられませんっ!」
レオルはウロボロスの盾を構え、『球壁』を発動した。
半径三メートルほどの青い魔力が球体になり、カプセルのようにレオル達を包み込む。
ズバンッッッッッッッッッッッ!
光線が衝突したが、球壁にはヒビ一つ入らなかった。
全員で顔を見合わせて無事を確認すると、ホッと息をつく。
「ありがとうございますっ! レオル様! 球体の壁も作れるのですね!」
「距離があったとはいえ、あの威力の攻撃も防げるなんて、すごい強度ね。頼もしいわ」
「完璧な防御だぜ! このまま城に戻って態勢を立て直そうぜ!」
アッシュの言葉に、レオルは少し考えた。
敵が攻撃してきたことで、敵の位置はわかっている。
上手くやれば反撃のチャンスがあるかもしれない。
「作戦を変更しよう」




