45 トレント ~不当な怒り編~
「白創の古の皆様、ナタリー姫よりご指名で依頼がありました。受けてくださいませんか?」
レオル達がギルドで昼食をとっていたところ、受付嬢が金文字のクエスト依頼表を持ってきた。
「王ではなく姫からの依頼か」
「元々は王からの依頼ですよ。姫様からの強い要望で白創の古の皆様が指名されたのです。他国に関わる大きなクエストなので、信頼できるパーティに任せたかったようですね!」
受付嬢の言葉に、ルリエとチトセとアッシュがピクリと反応する。
「ついにわたしたちにも他国のクエスト依頼が来たのですね……緊張してきました」
「姫様の贔屓のおかげね。やっぱりレオルがヴァンパイアの攻撃から姫様を守ったのが好印象だったのかしら」
「外国かぁー! 楽しみだな! どんなクエストなんだ?」
好反応に受付嬢はご機嫌な様子で話し始めた。
彼女の話はこうだ。
最近、レオル達の国クレーシュと交友関係にあるメールス国の首都が、トレントに侵食されたらしい。
トレントは木に擬態する怪物で、見た目は木そのものだが、根を足のように動かして移動したり、枝を手足のように振り回して攻撃したりできる。また、普段は木の皮に紛れて見えないが、口と牙がある。
本来は森の中に潜み、近くを通りがかった動物に襲い掛かる怪物だが、なぜか街に大量発生したらしい。
メールス国は小さな国のため、クレーシュ国ほど有能なパーティが不在で、助っ人を求めているという。
「魔物が絡んでいそうだな。わかった、クエストを受けよう」
「トレントが樹木のない場所に出現するのは不自然ですよね」
「大量のトレントはちょっと厄介だわ。一体一体が大きくて強いのよね」
「燃えるクエストだな! やる気が出てきたぜ!」
レオルがクエスト依頼表にサインすると、受付嬢はホッと安心した表情になった。
「ありがとうございます! 皆様のご武運をお祈りしています!」
レオル達は馬車を使い、宿に寝泊まりし、三日間かけてメールス国に辿り着いた。
メールス国の首都エディルネに着くと、街の至る所に樹木が生えていた。
道の石畳を押しのけて根を生やしていたり、建物の窓を枝が貫通していたり、街の被害は一目瞭然だ。
「ホントにこれが全部トレントなの……?」
「ああ、よく見ると植物の生え方とは異なる。根が移動してきたような跡があるし、光の当たらないところにもいる」
「ホントですね! たしかによく見ると不自然です!」
「百体以上いるってことか! すげえ数だな……!」
レオル達はトレントの少ない道を通り、事前に知らされていた王城へ向かった。
憲兵にクレーシュ国の者と名乗り、ナタリー姫直筆のクエスト依頼表を見せると、執事に屋敷の中へ案内された。
一室の中に入ると、部屋の奥の席に姫と王子が座っていた。
部屋の左右には魔法兵が五人ずつ並んでいる。
「我が国の危機に駆けつけていただき、ありがとうございます。クレーシュ国の精鋭達。私は第一王女のエマ・ナトルです。そしてこちらは私の弟、アルバート・ナトルです。王が高齢のため、私達二人が代理となっています」
エマ姫のオレンジ色の髪の毛は芸術的な渦巻きになっていて、白いパールのような装飾があしらわれていた。
口調は柔らかく、声は小鳥のようにか細い。
「姉上、このような輩に挨拶などいりません。クレーシュ国め、ふざけた真似を……!」
怒りの表情を浮かべたのはアルバート王子だった。
姫と同じオレンジ色の髪を短く斜めに整えていて、顔立ちは丹精だが堅い印象だ。
「アルバート! 一体何を言っているのですか!? 彼らは我が国を助けに来てくれたのですよ!」
「たった四人のパーティに国を救えるのですか? 戦闘に疎い姉上は知らないようですが、彼らはパーティの規定人数に達していない弱小です。我々はクレーシュ国に馬鹿にされているのですよ」
王子は鋭い目でレオルを睨んだ。
「クレーシュ国は、我々を助けようという姿勢を他国へ見せたかっただけだ。我々を助けるつもりなど毛頭無い。我が国はトレントに侵食され、滅びゆく運命だと思われているのだ」
「そのようなことはありません。ナタリー姫は信頼できる人です。決してそのような真似はしません」
「目を覚ましてください、姉上。我々は見捨てられたのです。こんな輩に期待しても時間の無駄です。最悪の事態に備え、亡命の準備をしましょう」
「エマ姫」
話が通じそうな姫にレオルは話しかけた。
突然の開口に、姫以外の全員が驚愕の表情を浮かべる。
「貴様ッ……! 問われてもいないのに姫に直接口を利くなど無礼だぞ!」
王子の怒りに呼応するかのように、魔法兵達が杖を構えた。
(十人か、問題ないな)
レオルは横目でチラリと見ただけで微動だにしなかった。いざとなれば半球壁で全員を守ることができる。魔法兵よりレオルの方が技の発動は速い。
「構いません。レオル殿、続けてください」
エマ姫が許可すると、魔法兵達は杖を下した。
悔しそうな表情の王子を横目に、レオルは続ける。
「ウロボロス、ダークドラゴン、クロコダイル、サンダーバード、ジャコランタン、フェニックス……これらの怪物に聞き覚えはありますか? エマ姫」
「もちろんあります。最上級の怪物ばかりです。中には人が狩れない怪物も混ざっています。それがどうかしたのですか?」
「白創の古の討伐歴の一部です」
レオルの言葉に姫の目が見開かれた。
王子は目を泳がせ、兵士達の中には杖を落とす者や、「馬鹿なッ!」「嘘だ!」と声を上げる者までいた。
「静かにしなさい」
姫が一喝し、レオルの目を見つめる。太陽のようなオレンジ色の目には期待と懐疑が入り混じっていた。
「本当なのですか?」
姫が問いかけると、ルリエが代わりに答えた。
「本当です。信じられないかもしれませんが、わたしたちはそれらの怪物を狩ってきました。今回もメールス国を救うために来たのです。決して王子のおっしゃったような意図ではありません」
ルリエの言葉に王子はため息をつき、部屋の扉に向かった。
「くだらない。そのような戯言を信じられるわけがない。姉上、あなたもどうかしている」
「アルバート、この者達の言っていることが本当だったら、どうするのですか?」
エマ姫の言葉に王子は振り返ると、せせら笑った。
「もしも本当だったのなら、どのような罰でも甘んじて受けましょう。たったの四人で最上級の怪物を六体も狩るなどあり得ない。戦闘の心得があればわかることです。そのような幼稚な嘘をつく者など、冒険者であるかどうかも疑わしい」
「その言葉、後悔しませんね? 彼らが本物の実力者達だった場合、相応の罰を受けさせますよ」
執事がドアを開け、王子は部屋から一歩出ると振り返った。
「姉上、あなたがペテン師に騙されそうだと父上に報告しておきます。あなたこそ父上からお叱りを受けるべきだ」
吐き捨てるように言い残し、王子は廊下へ消えていった。
姫はドアを見つめていたが、レオル達へ顔を向ける。
「アルバートの無礼をお詫びします。レオル殿、あなたには独特の雰囲気があります。魔法兵に杖を向けられたとき、あなたは強者の目をしていました。この屋敷の兵士とは違う何かを秘めているように感じました」
(王子よりもよほど観察眼が鋭いな)
姫には戦闘経験はないようだったが、オレンジ色の目には、国を救うための熱が宿っているようだった。
「レオル殿、私はあなた方を信じます。どうかトレントを倒して、この国を救ってください」
レオルは盾を握りしめ、静かに頷いた。




