43 白創の古 vs 碧撲の徒③ ※ざまぁ回
当日、広場には白創の古と碧撲の徒が四人ずつ並んで向き合っていた。
百メートルほど離れた周囲にはギャラリーが集まっている。
冒険者達はもちろんのこと、噂を聞きつけた街の人々もいるようだ。
ブリエルが数歩前に出て、挑発的な表情でレオルを見上げた。
「ねぇ、レオルー。あんた罠にハメられたのわかってる? このルールは私達の方が圧倒的に有利なんだよー?」
「何を企んでいようと構わないさ」
レオルは冷静に返したが、ブリエルはニヤリと笑みを浮かべる。
「わかってないなー。メインアタッカーが戦闘不能になったら負けのルールなんだよー? アンタたちのメインアタッカーは至近距離でしか攻撃できないんでしょー? 危なくて攻撃に参加できないじゃん? 私は安全圏から遠距離攻撃できるけどねー。誰かさんと違って」
ブリエルがチトセを意地の悪い目で見た。チトセの黒い瞳には静かな怒りが宿る。
確かにチトセは迂闊に前に出ることはできない。身体能力が低い上、武器を持たないため、剣士のキエルと一対一の状況になったら瞬殺されてしまう。
そうならないようにパーティ全体で考えて動く必要がある。
ブリエルは勝ち誇った表情で続ける。
「それに、この子まだちんちくりんじゃない? ビビッて半泣きしながら降参するのがオチだよねー? 度胸無さそうだもん。私には勝てないよー」
チトセは歯を食いしばって、何も言い返さない。ブリエルに何を言っても無駄だと理解しているのだろう。
彼女に間違っていることを理解させるには、戦って実力を示すしかない。
ブリエルは言い負かしたつもりなのか、さらに調子に乗って、レオルに顔を近づけてくる。
「ねぇ、レオル。アンタも罠にハマってるんだよー? もしも私に攻撃したら、私は大げさに痛がって抗議するからねー。英雄のイメージを崩したくないなら、私には攻撃しない方がいいよー? 私ってけっこう人気者だからねー」
ブリエルはピンク色の目立つ服装と整った容姿のインパクトがあり、若くしてトップのパーティに所属していたことで、人々からの人気は高い。
ブリエルはそれだけ言うと、満足げに列に戻っていった。
(浅はかだな……)
レオルはブリエルの幼稚な作戦には動じていなかった。
対人戦には、絶対に勝てる組み合わせと、絶対に負ける組み合わせが存在する。
チーム全体が連動して動き、有利な組み合わせで戦うことが重要だ。
白創の古が碧撲の徒に連携で負けるわけがない。
レオルはジョゼと視線を合わせた。
「始めるか」
「ケッ! レオル、てめえの気取った面を絶望に染めてやるぜ!」
互いに距離を取り、それぞれのフォーメーションについた。
そして広場の時計が十二時を指したとき、ゴーンと金が鳴り、両者が動き出した。
「キエル! やってしまえ! ワシのサポートがあればレオルより速く動けるはずじゃ!」
「させませんっ! レオル様、サポートしますっ!」
ダルフォンがキエルに強化魔法をかけ、ルリエがレオルに身体能力強化魔法をかける。
(やはりそうきたか)
敵の作戦はおそらくこうだ。
まず、剣士のキエルとサポーターのダルフォンの二人がかりで、レオルの速さを上回る。
そして、キエルがルリエとチトセを瞬殺する。
ルリエは物理攻撃を防げないし、チトセは剣よりリーチが短い。二人ともキエルと対峙したらなす術がない。
ただ一つ彼らの誤算は、ルリエがサポーターの役割をこなせることだ。
レオルはルリエの魔力に包まれ、肉体の力が数倍に跳ね上がるのを感じる。
ダルフォンは髭に埋もれた口から唾を飛ばしながら叫ぶ。
「打消し魔法使いめ! 貴様が本職のサポーターに勝てるわけがなかろう! そんな付け焼刃、通用せんわ!」
「それはどうでしょうか。打消し魔法は高等魔法です。わたしは基礎魔法も一通りできますよ」
キエルの全身は厚み数センチの緑色の魔力に包まれている。
一方で、レオルの体は発光しているかのように、分厚い白色の魔力に包まれている。
魔法の技術の差も、魔力保有量の差も歴然だ。
「そんな馬鹿な……!? 打消し魔法使いが、こんな精度の高い強化魔法を……!?」
身体能力強化魔法を自身にかけるのは簡単だが、他者にかけるのは難しい。
他者にかける場合は魔力を遠隔操作しなければならないし、遠隔の魔力を維持しなければならない。
使い手の技術によってその効果は大きく異なる。
ルリエのサポート技術は本職のダルフォンを上回っていた。
「構わん、それならレオルを倒すまでだ。剣の方がスピードは速い」
キエルはユラリと熟練の足取りで間合いを詰め、無数の突きを放つ。
剣に纏っていた魔力が、針のように形を変えて飛び出す。
キエルは碧撲の徒の中で一番の実力者だ。
防御手段を持たず前線で戦うサブアタッカーは、才能が無ければすぐに命を落とす。しかし、キエルは八年ほどサブアタッカーを続けている。
剣技と魔法の合せ技にはほとんど隙がない。
さらに細身の長身はリーチが長く、敵の攻撃を躱しやすい。
それでもレオルの実力はキエルを凌駕していた。
無数の突きをウロボロスの盾で防ぐと、巧みな盾捌きでキエルの剣を弾き、横に回り込む。
すかさず魔力を込めたサンダーバードの盾でキエルの首筋を叩いた。
バヂッッッ!
「ぐあぁあああッ!」
キエルは地面にうつ伏せに倒れ、動かなくなった。
街の人々はドッと湧く。
「瞬殺だと……!? バカなッ……!」
「レオル・アクレス、これほどなのか……!? 国内剣士のトップと言われていたキエルを一瞬で殴り倒した!」
「アタッカーでもないのに、なんという攻撃力だ……! あの盾は伝説の怪物、サンダーバードの盾か! 一流の盾使いに相応しい。最強の組み合わせだ……!」
「それ以前に、レオルはキエルの攻撃を全て片手で防いでいた……。どうあがいても、最初からキエルに勝ち目は無かったんだ……。レオル・アクレスが強すぎる。さすが白創の古のリーダーだ」
キエルの敗北を見たダルフォンは、その場にペタンと座り込んだ。
「そんな馬鹿な…………ワシらの完璧なプランが…………」
「レオル様、さすがですっ! 作戦通りですね!」
敗北を噛みしめているダルフォンと笑顔のルリエが、すでに勝負の行方を暗示しているようだった。
レオルは一息ついて、前方の状況を確認する。
アッシュが敵のリーダーのジョゼと向かい合っていた。
ジョゼは大盾を構えている。いつでも最大級の防御魔法を使える状態だ。
「お前達は勝負の本質をわかってねえ。決闘も実践もメインアタッカーを守れば勝ちだ。俺が倒れない限り負けねえんだ。俺の防御を崩せるものなら崩してみろ! 初心者ハンマー使いが!」
「力勝負なら望むところだ! わかりやすいのは好きだぜ!」
アッシュはハンマーを振りかぶり、ジョセの大盾を正面から叩いた。
ジョゼはタイミングよく防御壁を発動し、互いの魔力がぶつかり合う。
ドッ………………!
ハンマーを耐えたジョゼは、ニヤリと笑った。
「やっぱりその程度か。勝負あったな」
ジョゼ派と思われるギャラリーからは歓声が上がった。
「ジョゼ、やはり強い! 碧撲の徒の絶対防御は健在だ!」
「この男がいる限り、負けることはない! メインアタッカーを守り抜けば勝ちだ!」
「そりゃそうだ! あのジョゼがハンマー使いなんかに負けるわけがない!」
「これは勝負がわからなくなってきたぞ!」
レオルはその一部始終を見ていたが、助太刀するほどではないと考え、口を開く。
「アッシュ、相手は怪物じゃない。大盾使いだ。盾の内部にダメージを与えても本人にダメージは通らない」
アッシュのハンマーは片面が内部、片面が外部にダメージを与える。
大盾使い相手に内部ダメージを与えても、大盾がダメージを吸収してしまうため、盾使い本人にダメージは通らない。
アッシュは普段、とどめの一撃で怪物の脳や心臓を攻撃しているため、今回も内部攻撃を選択したのだろう。
「あー、なるほど! そういうことか!」
アッシュはハンマーをクルっと半回転させ、ダークドラゴンの尻尾の鱗の面を前にした。
再び大きく振りかぶる。
「何度やっても無駄だ。俺の防御にダメージは通らん!」
「んじゃ、場外にぶっ飛べ!」
ドガンッッッッッッッッッッッッッッッ!
ジョゼは百メートル以上吹っ飛び、場外の観客たちの中に突っ込んだ。
観客達は悲鳴を上げながら左右に避けた。
ドシャ……………………。
ジョゼは大の字で地面に背を打ちつけた。
「ジョゼまで負けてしまっただと!?」
「たったの一撃で……! ジョゼはここまで衰えていたのか!」
「もはやジョゼ派ですら絶対防御とは呼べないぞ! 皮肉になってしまう!」
「それよりも彼は何者なんだ……!? 上級冒険者のハンマー使いなんて聞いたことがないぞ!」
「ハンマーの特殊効果も強力だが、ハンマー全体を覆いつくす彼の魔力保有量も尋常ではない……隠れた逸材だな」
「戦う前は初心者にしか見えなかった。レオル・アクレスはよく彼を仲間に引き入れたな……」
普段、体重数トンの怪物を弾き飛ばしているアッシュのハンマーは、人間相手には十分過ぎる威力だった。
ジョゼはおそらく気絶しているのだろう。
これほどギャラリーが騒いでいても、まだ不格好な体勢で地面に寝そべっていた。




