42 白創の古 vs 碧撲の徒②
レオル達は二線級クエストを難なくクリアし、半日でギルドへ帰還した。
「クリアしてくださったのですね! ありがとうございます! 本当に助かりました」
受付嬢は嬉しそうにレオル達のクエスト報告を聞き、討伐したコボルドの棍棒を受け取る。
そして手続きを済ませていると、隣から声がした。
「おい、レオル。二線級のクエストを受けるなんて随分と落ちぶれたもんだな? 俺達はついさっき一線級のクエストをクリアしてきたところだぜ?」
別の受付嬢にクエスト終了報告をしていたジョゼが誇らしげにゴーレムの首を見せてきた。
その後ろには碧撲の徒のメンバー三人もいる。
細身で長身のキエルはフフフッ……と不気味に勝ち誇っている。若き魔女のブリエルはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。低身長のダルフォンはレオルに敵意のある目を向けている。
(一応、クリアしたらしいな)
碧撲の徒はレオルが抜けた直後、自分たちの戦力ダウンに気付かず混乱していたようだが、最近はなんとか持ち直し、一線級にしがみついていた。
元々一線級のパーティなのだから、当然といえば当然だが。
レオルはジョゼを相手にせずクエスト報告を続けていると、ギルド内にいた他の冒険者達がざわめき出した。
「白創の古はコボルドの群れを倒したんだろ? 碧撲の徒のゴーレム一体と大差ないんじゃないか?」
「そもそも、白創の古はもっと上級の怪物を何度も狩っている。今回は彼らの厚意でギルドの穴を埋めてくれただけだろう」
「クエストの難易度に差はないし、重要度でいえばむしろレオル達の方が上だったぞ」
「碧撲の徒の最近の成果はパッとしないからな。レオルが抜けてから上級の怪物を狩ったことがあったか?」
そんな噂の声に、ジョゼは怒りの形相で振り返った。
ギルド内を見回すが、しーんと静まり返っていて、噂の主達は見つからない。
「今噂してた奴らは新人冒険者か? 俺達の実力をわかってねぇようだな! 俺達は国中に名を知られている『碧撲の徒』だぞ!」
ジョゼは大声を張り上げ、レオルの方へ近づいてくる。
「おい、レオル! 前からてめえの態度は気に食わなかった! そろそろ白黒はっきりつけようじゃねえか!」
「何を言っている」
怒りに満ちたジョゼの目をレオルは冷静に見つめ返す。
「決闘だ! お前達と俺達でパーティの名誉を賭けて戦おうじゃねえか! どっちが強いかハッキリさせるぞ!」
ジョゼの言葉にギルド内は「うぉおおおおおおおおおおおお!」と盛り上がった。
碧撲の徒は腐っても古豪であり、かつての伝説によって根強い人気がある。
現在のトップは名実ともに白創の古だが、「調子を取り戻せば碧撲の徒の方が強い」という声も稀に上がる。
両者のどちらの方が強いかという議論は、冒険者達の酒の席などで頻繁に交わされている。
ときには双方の派閥がヒートアップして喧嘩になることもあった。
実際には起こり得ないと思われていた『白創の古』と『碧撲の徒』の決闘に、冒険者達が歓喜の声を上げたのも無理はない。
「絶対に勝つのは白創の古だ! 最近の成果を見れば一目瞭然! フェニックスすら狩ったんだぞ!」
「碧撲の徒には絶対防御のジョゼがいる! お前達はかつての伝説を知らないからそんなことが言えるんだ! あの伝説が蘇るぞ!」
そんな盛り上がりを無視して、レオルは冷静に答える。
「断る。俺達に何のメリットもない。決闘よりもクエストをこなした方が有意義だろう」
「逃げるつもりか? ああ、お前の仲間は足手纏いばっかりだもんなぁ!? 物理攻撃を防げねえ打消し魔法使いに、ノロマなハンマー使い、極めつけは遠距離攻撃ができねえメインアタッカーだ!」
レオルは怒りを覚えたが、くだらない挑発だと心の中で一蹴した。
すると、ジョゼ派と思われる冒険者達が盛り上がり始めた。
「ジョゼの言う通りだ! 白創の古は得意不得意の激しいメンバーばかりだぞ! 総合力なら碧撲の徒の方が上に違いない!」
「確かに、改めて聞いてみると、あんなメンバーで色々な怪物に対応できるわけがないぞ! きっとこれまで得意な怪物ばかり狩っていたんだ!」
「対人戦をすれば実力差がハッキリしてしまう! だからレオルは対戦を避けようとしているんだ!」
レオルは安い挑発には乗らず、はぁ……とため息をついた。
ギルド内にはレオルを慕う者は多く、一部のジョゼ派から悪く思われていようとあまり影響はない。
そもそも、ギルドの全員から好かれようというのは無理だ。
ジョゼ派に好き勝手に言わせた方が、彼らの毒気が抜けていいだろう、くらいに思っていた。
しかし。
「ジョゼ、俺の仲間を悪く言うな」
気づくと、レオルの口からはそんな言葉が出ていた。
やはりジョゼの言葉には怒りを感じていて、その怒りの炎は徐々に大きくなっていた。
「てめえの仲間が無能じゃねえと言うなら、決闘で証明してみやがれ!」
ジョゼの言葉にギルド内が再び盛り上がり始める。
碧撲の徒のメンバーは優勢だと思ったのか、すでに勝ち誇ったような表情でニヤニヤしている。
アッシュとルリエとチトセが前に出て、レオルの横に並んだ。
「レオル、やるならオレは文句ねえぜ!」
「わたしはどちらでも構いません。レオル様の意思を尊重しますよ」
「決闘なんてくだらないけど、あまり好き勝手なことを言われたくはないわね」
アッシュは好戦的で、チトセはどちらに転んでもおかしくない、ルリエは中立だ。
レオルはリーダーとしてどのように判断すべきか考えていた。
すると、若き魔女のブリエルがレオルの方に近づいてきた。派手なピンク色の尖がり帽子が左右に揺れる。
「ねえレオルー、やっぱりコイツら足手纏いなんでしょー? 特にこの黒服のちんちくりんなんて役に立たないでしょ? あたしの方が絶対強いよー」
「ちんちくりん……?」
チトセの黒い瞳に怒りが生まれたのをレオルは感じ取った。
チトセはあまり怒りを表に出さないが、沸点は低い。
ブリエルの暴走は止まらない。
「ねぇねぇ、レオル。やっぱあたしらのパーティに戻っておいでよー。前のことは水に流してさー。いつでも歓迎するよー?」
ブリエルがレオルの腕を掴んで、ぎゅっと引っ張った。
「前にも言ったが、俺に戻る気はない」
「そんなこと言わないでさー。私達のところに来た方が美味しい思いできるよー?」
ブリエルはグイグイと近づいてきて、レオルの腕を強く引っ張る。
すると、ルリエが間に割って入った。
「レオル様、やっぱり意見を変えてもいいでしょうか? わたしも決闘には賛成です。以前の盗賊戦のように、対人戦が今後発生することも考えられます。普段わたしたちは対人戦の訓練をしていないので、このような機会は貴重ですよ。相手が『碧撲の徒』の皆様なら相手にとって不足はありません」
ルリエが淡々と長文を話したが、声音は冷たく、青い瞳は氷のようだった。
(なぜ急にやる気になったんだ……?)
レオルは首を傾げたが、三人ともやる気のようだったので、断る理由は無くなった。
「わかった。引き受けよう」
うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
レオルの一言にギルド内の全員が盛り上がり、受付嬢達ですらキャーキャーと悲鳴をあげた。
ジョゼは満足そうに鼻を鳴らす。
「明日、中央の広場に来い。ルールは実践を想定して『メインアタッカーが戦闘不能になったら負け』だ」
「構わない」
実践ではメインアタッカーという攻撃手段を失ったら、勝利は不可能になる。
しかし、対人戦ではサブアタッカーがいれば攻撃は成り立つ。
決闘はどちらを想定したルールも存在するが、いずれにせよ、レオルは仲間を一切傷つけさせないつもりだ。
白創の古の三人も自信満々の表情だった。




