4 チトセ・マト
レオルはルリエと共にギルドへ足を運んだ。一週間前、パーティメンバーの募集をギルドへ依頼したため、条件に合う冒険者をギルド側で探してくれているはずだ。
二人が出した条件はメインアタッカー、サブアタッカー、サポーターの役割をこなせる二線級以上の冒険者。報酬は平等に五等分というものだった。
募集している三つの役割の中でアタッカー陣は希少だった。二線級以上であれば多少は未所属の冒険者がいるものの、最後の条件まで飲む者はなかなかいない。希少な人材のため、対価を多く貰う考えの者が多いのだろう。
レオルにとって金は問題ではなかったが、パーティメンバーを平等に見る者に絞り込むため、この条件を組み込んでいた。
そのため、レオルとルリエは募集してから毎日足繫くギルドへ通っていたのだが、今のところ紹介はない。
「俺達はこのままでは戦えない。早急にメインアタッカーが欲しい」
「そうですね。下級モンスターであればレオル様が倒すこともできますが、パーティとして大型のモンスターを倒すには、やはり特大魔法を使用できるメインアタッカーが必要だと思います」
二人は数か月は無収入で暮らせる程度の金を持っていたが、早めにパーティを組んでクエストをこなせるようにならなければ金欠は免れない。
そんな事情もあって二人の本日の朝食は薄いパンとゆで卵というやや質素なものだった。
しかし、ギルドの受付に行くと。
「一人紹介できる方がいらっしゃいます。新たに登録された新人ですが、二線級のメインアタッカーです」
レオルは僅かな喜びを感じた。
生まれ持った魔力保有量で技の最大威力が決まってしまうメインアタッカーは、経験を積んでも、初期登録時のランクから上がることは少ない。
しかし新人なら、魔力保有量は十分で、冒険者としてのあらゆるスキルが未熟なため低ランクに設定されていることもある。
レオルは後者の可能性に希望を見出し、受付嬢から紙を受け取る。
そこに書かれていた名前はチトセ・マト、役割はメインアタッカー、職業は呪術師。
「呪術師……?」
異国でそのような職業があると耳にしたことはあったが、詳細は知らない。メインアタッカーをこなせる職業だということですら初めて知った。
「珍しい職業ですね。実際にお会いしてみなければ実力を測るのは難しそうです」
ルリエが横から紙を覗き込んでそう言うと、受付嬢がペンを取り出した。
「それでは一度面会をされるということでよろしいでしょうか」
「よろしく頼む」
レオルはサインして、紹介手数料の一部を支払った。
実際にパーティを組むことになったら、契約成功報酬を追加で支払う必要がある。二線級以上の募集ということで、金額もやや高めに設定されているため、このような紹介と面会を繰り返していると、二か月程度で資金が底を尽きる可能性も有る。
二人は翌日、再びギルドへ足を運んだ。
奥の部屋で待っていたのは黒髪の少女だった。やや低身長で顔は小さく、短い髪が頬に沿って丸い曲線を描いている。
金や銀の装飾が多い黒ローブを纏っていて、一目見た瞬間に異国の者だと察せるような風貌だった。
「初めまして。あたしはチトセ・マト」
やや幼いながらも美しいという言葉が相応しい少女は、黒い瞳でレオルとルリエを見た。
「初めまして、レオル・アクレスだ」
「ルリエ・マーレットです。よろしくお願いいたします」
三人が席に着くと、まずはチトセが口を開いた。
「あたしは新人だから、他に入れるパーティが無いの。あなたたちはなぜ他のパーティに入らないの?」
「わたしは事情があって他のパーティで上手くいかず、レオル様に拾っていただきました。レオル様は引く手あまたの優秀な方ですが、信頼できる仲間を探しているのです」
ランクを下げれば引く手あまただが、一線級であえて欲しがるほどでもない、それがレオルの周りからの評価だと、レオル自身は認識していた。ルリエの言葉に少々持ち上げすぎだろうと思いつつも続ける。
「俺は碧撲の徒を追放された身だ。仲間選びには慎重になっている。たまたま空きがあるパーティに入ろうとは思っていない」
チトセはふーんと無表情で声を漏らした。
「碧撲の徒って強いんでしょ? もっと強いメンバーが入ったから、入れ替えられたの?」
「彼らの事情は知らない。四人で十分だと言っていたが、次のメンバーを探している可能性もあるな」
「ですが、レオル様は一線級の冒険者です。わたしはこの命を助けていただきました。先日ソロでジャイアントオークを倒したのですよ!」
「そう、あなたは?」
チトセが尋ねると、ルリエはうっ……と言葉を詰まらせた。
(これまでの話を聞いた限り、ルリエは過去のパーティで苦い経験しかしていない。成功体験が無い為に、自身を過少評価しているのだろう)
レオルはルリエの心情を察して助け舟を出す。
「ルリエは一線級の魔法使いで、高等魔法に分類される『打消し魔法』の使い手だ。これまで適正パーティを組めなかったために力を発揮できていなかったようだが、実力は碧撲の徒のメインガードにも劣らないと俺は思っている」
レオルはルリエの魔法を見たことはないが、肩書だけで十分に実力を推し量ることはできる。ギルドが確かな実力を認めない限り、冒険者を一線級として登録することはない。
碧撲の徒のメインガードであるジョゼ・グラードと比べて、ルリエは何一つ見劣りせず、同等以上の実力者だろうとレオルは見積もっていた。
「レオル様……」
ルリエは驚きと喜びの入り混じった表情でレオルを見つめる。
レオルは熱視線を感じつつも、冷静に話し続ける。
「チトセ、君の職業の特性を教えてくれないか。俺達は呪術師について詳しくない。魔法使いとどのような違いがあるのか知りたい」
「技を撃つまでの時間は魔法使いの半分程度よ」
ツンとした口調でチトセは言った。しかしその表情は自慢げではなく、何か後ろめたいことがありそうだと、レオルは察した。
「それが本当なら一線級で登録されているはずだ。他に何かデメリットがあるんだな」
大方、技の威力が低いのだろうとレオルは予想した。
魔法使いのメインアタッカーも一線級と二線級を分ける主な要素は技の威力だ。メインアタッカーの性質からして、敵を一撃で倒せるかどうかは最重要であり、どのレベルの敵まで一撃で倒せるかがランクの指標となる。
魔物まで一撃で倒せる者は一線級。中型から大型までの怪物を倒せるものは二線級。中型未満の場合は三線級となる。それ以外の要素によって例外的な変動はあるが、ほとんどのメインアタッカーはこの指標で実力を測ることができる。
「そうよ、悪い!?」
チトセは頬を膨らませ、レオルを睨みつけた。
「あたしの能力はデメリットがあるわよ! これを言ったら誰も組んでくれなかったわ! どうせあなたたちだってそうでしょう! 二人組といっても、一線級の冒険者様だものっ!」
「待て、チトセ」
現時点では、組む可能性はゼロではない。しかし、チトセのデメリットがレオルの想像しているものだったとしたら、組むことはない。レオルは魔物との戦闘も視野に入れているため、メインアタッカーだけは、二線級で妥協することができない。
他の役割であれば、経験を積んで今後ランクを上げていくこともできるが、メインアタッカーは努力ではどうにもならない、非情な才能の世界だ。
レオルは一言引き留めただけで、甘い言葉を続けたりはしなかった。
冒険者としてどう対応するのか、この機会に向き合うのか、判断するのはチトセ自身だった。
「チトセさん……」
ルリエが悲しそうな声を漏らしたとき。
バンッ!
突然部屋のドアが開き、受付嬢が飛び込んできた。