37 ゴーレム 前編
「レオル様、見てくださいっ! 新しい杖ができました!」
レオルがギルドのテーブルで朝食をとっていると、ルリエが上機嫌で白杖を見せてきた。
杖の柄の部分は捻じれているが、真っすぐ芯が通っている。加工された形跡はなく、自然の芸術とでも言うべき木だ。
先端は大理石のように表面が滑らかで、淡い白色だ。
見てもわからないが、中にはジャコランタンの手袋が入っている。
「いい見た目だな。高級感がある」
「はいっ! レオル様のアドバイスのおかげです! ありがとうございます!」
杖の柄には様々な種類があり、ルリエの手のサイズや握り心地の好みを聞いて、レオルが店でアドバイスしていた。
「綺麗な杖ね。先端の丸いところが可愛いわ」
「ジャコランタンの手袋の杖、強そうだな! その杖も特殊効果があるのか?」
アッシュの問いにルリエは首を振る。
「いえ、特殊効果というほどではないのですが、魔法の距離が伸びました。打消し魔法の範囲も広がりましたし、基礎魔法も遠距離で使えそうです」
ルリエは既に杖の使用感を試してきたらしい。
レオルはふと思いつきを口にする。
「ルリエ、それならサポーターを兼任することができるんじゃないか?」
サポーターは身体能力強化魔法などを使用し、味方を補助する役割だ。
白創の古は少数で活動できていることから、メンバー探しを保留にしていた。
ルリエがサポーターを兼任することができれば、打消し魔法が有効でない敵にも活躍することができる。
さらに、非戦闘員であるサポーターよりも、メインガードのルリエの方が多少は動けるというメリットもある。
「はいっ! ぜひやってみたいです! わたしは基礎的なサポートならできますよ!」
「いいアイディアね。レオルの能力を底上げしたら、さらに強くなりそうだわ」
「チトセの強化もいいんじゃねえか? 何にしても色々できそうだぜ!」
チトセは呪術師のため、基本的な身体能力強化魔法すら使うことができない。
走る速さの強化や、高いところから飛び降りたときの着地など、サポートできる場面は多い。
そんな会話をしていると、受付嬢がクエスト依頼表を持ってきた。
「白創の古の皆様、国王様より新たな依頼がありましたので、引き受けていただけないでしょうか」
受付嬢の話はこうだった。
古代遺跡都市として知られる『タプロム』の街で、長年人々から崇められていた超巨大建造物『ゴーレム』がなぜか動き出し、街で暴れているという。
ゴーレムが動き出した原因はわからないが、怪物とは桁違いの強さの為、タプロムの英雄的なパーティですら手に負えないとのことだった。
「問題ない、受けよう」
「ゴーレムが動き出すなんて、何か仕組みがありそうね」
「わたしは物理攻撃が苦手なので、さっそくサポートに回るかもしれません」
「よっしゃ! 巨大ゴーレムを止めてやるぜ!」
満場一致で、クエストに挑むことになった。
レオル達は宿に泊まりながら、丸一日かけてタプロムの街に来た。
石造りの門を潜ると、緑と石が調和している街だった。
街の最奥には、横幅が数キロはありそうな広い階段があり、頂上には石造りの城が建っている。
「シュルナクの街の方ですね。わたくしは剣士のリウィアと申します」
タプロムの英雄と思われる女剣士がレオル達を出迎えた。金色の髪を編み込んでいて、凛とした顔立ちだ。
その後方には街の人々もいる。
「わたくし共では手に負えず、申し訳ありません。ゴーレムはあの城にいるのですが、これ以上近づくと投石してきます。近づくことすら難しいのですが、大丈夫でしょうか……?」
「この距離を投石してくるのか」
城からレオル達までの距離は三キロほどある。ゴーレムの姿を視認することすら難しい。
(にわかには信じがたいが、嘘を言っているわけではなさそうだな)
ただの投石であれば防ぐことはできるものの、三キロの距離を詰める間に、魔力が切れる可能性は高い。
街の人々は懐疑的な表情で騒めき出す。
「また他の街のパーティが来たのか。タプロムの英雄ですら止められなかったのに、彼らに止められるわけがない。いつまでこんな無駄なことを繰り返すんだ?」
「たった四人で何をするつもりなの……? せっかく期待して待っていたのに、裏切られた気分だわ」
「そもそも、あのゴーレムを止めるなんて無理だ……。投石と言っても投げてくるのは岩だぞ。生身の人間が防げるはずがない」
「またいつものパターンだろう。防御魔法を使って、数メートル進んで、魔力が切れそうになって戻ってくる。これまでのパーティは皆同じことをしていた。彼らは二十メートルも進めばいい方だろう」
「いい加減、まとまった戦力を寄こしてくれ……。パーティを五十人くらい連れて来ないと無理だぞ……」
「人数が増えれば、守る人数も増えるんだぞ。何人いても無駄だ。人間があんな怪物に勝てるわけがないんだ」
「わたしたちの街はもう終わりね。あのゴーレムがいる限り、もう二度と家に帰ることはできないわ……。わたしの家は城のすぐ側だもの……」
人々の不安を感じ取りながらも、レオルはゴーレムを止める方法を考え、結論を出した。
「ルリエ、新技を頼めるか?」
「はいっ! サポートします!」
ルリエはレオルに杖を向け、身体能力強化魔法を発動した。
レオルの体はルリエの白い魔力に包まれる。
(違和感はないな。自分の魔力のように動かせる)
レオルはそのまま城の方に向かって進み、その後ろをルリエ達がついていく。
街の境界線を越えた瞬間、レオルは前方の遥か遠い上空に小さな礫を見つけた。
礫はどんどん大きくなり、急速に近づいてくる。
ガンッ…………!
レオルは魔法を発動せず、身体能力強化だけで岩を弾いた。
チトセの身長ほどはある巨大な岩が、地面に数十センチめり込んでいる。
レオルは歩みを止めることなく、飛んでくる岩を次々と叩き落す。
ガンッ…………! ゴンッ…………! ガッ…………! ゴガッ…………!
人々は冷めた目で見ていたが、レオル達が前進するにつれ、徐々にその目が開いていく。
「おい……もう二十メートルを超えたぞ! 彼らはどこの街のパーティだ!?」
「シュルナクの者だ! シュルナクといえば『碧撲の徒』が有名だったが、他にもこれほど強いパーティがいたとは!」
「盾使いの彼が元『碧撲の徒』のサブガードだぞ! 今では彼ら『白創の古』の方が有名だ! 俺は最初から彼らに期待していたんだ!」
「魔法を使わずに岩を弾いている! 絶対防御の噂は本当だったのか!」
「おい、待て……彼はまさか、建物に被害が出ないように岩を弾いているんじゃないか……!?」
身体能力強化状態のレオルにとって、飛んできた岩を弾くのは小石を弾く程度のことだった。
建物に被害が出ないよう岩の軌道を変えることは造作もない。
後ろをついていくルリエ達には笑みがこぼれる。
「レオルもルリエもすごいわ! 初めてなのにちゃんとコンビネーションが取れてる! 完璧じゃない!」
「本職のサポーターでも仲間と連携するには時間がかかるぜ!? 他人の魔力なんて使いづれえからな! こんなに上手くいくとは驚いたぜ!」
「レオル様、上手くいきましたね! 杖の使い心地もばっちりです!」
「ああ。このまま城まで行こう」
レオルにとって、ルリエの魔力は快適だった。
普段、自分で身体能力強化を行っているときは、常に魔力の節約を考えて厚みを調整している。
しかし、魔力保有量の高いルリエは、惜しみなくたっぷりの魔力でレオルを包み込んでいるため、レオルは全方向に瞬時に力を発揮することができる。
攻撃力、防御力、スピード、すべてが向上している万能感があった。
「もう百メートルほど進んでいるぞ! 過去最高だ!」
「すごい! あの盾使いは全ての岩を弾いている! 建物すら一度も傷つけていない!」
「君たちは希望だ! 白創の古! そのままゴーレムを止めてくれ!」
「お願い! わたし達の家を取り戻して!」
人々の声援を受けながら、レオル達は三キロほどの道のりを悠々と進んだ。




