36 ジャコランタン 後編
パチパチパチパチ……。
「初見で防いだのは君が初めてだ。これだからハロウィンはやめられない。驚きと喜びに満ちた夜になりそうだね」
ジャコランタンはパチンと指を鳴らすと、指先からオレンジ色の魔力を放った。
「打消しますっ!」
シュ……。
気の抜けた音と共に、オレンジ色の魔力が霧散する。
すかさずジャコランタンは指を鳴らし、黄色の魔法を放つ。今度は先ほどよりスピードが速い。
「打消……」
ルリエが杖を振ろうとした瞬間、ジャコランタンは反対の手の指をパチンと鳴らした。
ルリエとチトセの位置が入れ替わる。
ルリエは攻撃とは違う方向へ杖を振ってしまい、攻撃はそのままチトセに向かって飛んでいく。
「問題ない」
レオルが魔力で引き寄せると、チトセの体がふわっと浮き上がった。
ズバシュッ…………!
チトセが元いた場所を黄色の攻撃魔法が通過していく。
「し……死ぬかと思ったわ……。ありがとレオル。さすがの対応力ね」
「レオル様、ありがとうございます! チトセちゃん、打消せなくてごめんなさい!」
「別にいいわ。ルリエのせいじゃないもの」
その後も四人は戦い続けたが、ジャコランタンの魔法攻撃と位置入れ替えに翻弄され、一度もアッシュのハンマー攻撃は当たらなかった。
レオル以外の三人には精神的な疲労が見え始める。
「強すぎるわ……あたしたちが手も足も出ないなんて……」
「人知を超えた魔法を使う怪物、魔法使いとしての次元が違いますね」
「数十年クリアされてないクエストは伊達じゃねえな。ギルドが立ってから一度もクリアされてないってことだろ? 本当に強えぜ」
ジャコランタンはハハハと笑いながら、パチンパチンと指先でオレンジ色の魔力を弾けさせ、カボチャの形やコウモリの形を作って遊んでいる。
レオルはフッと小さく笑った。
「問題ない。ダメージを受けていないのはお互い様だ」
遊ばれているという思い込みが焦りに変わることをレオルは知っていた。
敵は本気を出していない。本気を出したら瞬殺される。絶対に勝てない。そのような思考に陥ると人は本来の力を発揮できなくなる。
しかし、冷静に分析すればジャコランタンを倒す術はある。
敵が序盤に本気を出さなかったため、チトセの呪術の準備は整っていた。
「レオル様、こんなときでも落ち着いていらっしゃいますね。頼もしいです」
「どんなメンタルしてるのよ……。でも、おかげさまであたしも頭が冷えたわ」
「よっしゃ! レオルがそう言うなら、やってやるか!」
三人の目に希望が宿る。
ジャコランタンは頭のカボチャを両手で掴み、キュッと角度を整えた。
「面白いね。盾使いの君、本気で勝てると思っているのかな?」
「ああ、これまではお前に合わせていただけだ。こう見えて、俺にも遊び心はある」
「ハハハ……もうすぐ夜が明ける。ハロウィンは終焉だよ」
ジャコランタンは両腕を広げて大げさなポーズを取った。
「ルリエ、俺とジャコランタンで一騎打ちに持ち込む。他の位置入れ替えだけを打ち消してくれ。一対一なら入れ替わっても問題ない」
「はいっ、レオル様!」
「作戦会議は終わったかい?」
ジャコランタンは右手を突き出し、レオルに紫色の魔法を飛ばしてきた。
レオルは魔力壁を発動し、ジャコランタンの攻撃を弾いた。
紫色の魔法はボフッ……と音を鳴らして膨らんだが、レオルは膨らんだ魔力も躱し、ジャコランタンに向かって駆けていく。
「何の工夫も無いね。それに『一対一なら入れ替わっても問題ない』というのは大きな間違いだよ」
レオルがアッシュの横を通過する寸前。ジャコランタンは誰もいない方向へ左手を向け、右手の指をパチンと鳴らした。
レオルとジャコランタンの位置が入れ替わる。
ジャコランタンの左手のひらはアッシュの頭へ向けられている。
「ハイ、おしまいだね」
そう言った瞬間。
ジャコランタンの放った魔法を、アッシュは軽々と横移動で躱した。
ジャコランタンの笑みが消える。
「まさか……盾使い…………君は……」
「ん……なんでオレ今躱せたんだ? こいつの動きが遅くなってるのか?」
レオルは位置入れ替えの攻撃を食らう直前、ウロボロスの盾で『遅延空間』を発動していた。
遅延空間に入った者は動きが鈍る。
レオルと位置が入れ替わったジャコランタンは、遅延空間の中にどっぷりと浸かり、全身に水中の約三倍の負荷がかかっていた。
ジャコランタンの足元には、レオルが位置入れ替えの直前に手放したウロボロスの盾が転がっている。遅延空間はその盾から展開されていて、消えるまでには数秒のタイムラグがある。
「打消しますっ!」
ルリエが遅延空間の一部を打ち消し、アッシュが打ち消した場所に飛び込んだ。
「サンキュー二人とも! っしゃぁああ!」
ドガッ…………!
ジャコランタンは壊れたおもちゃのように、地面で何度かバウンドする。
そして、横たわったジャコランタンにチトセが触れた。
バシュッ…………。
ジャコランタンは完全に静止し、地面を照らしていた魔法も消えた。
辺りの暗さが戻る。
心的な疲労からか、チトセは荒く呼吸していた。
アッシュは地面に寝そべり、ルリエは大きく空に両手を伸ばす。
「か……勝てたぁあああああ! やってくれたぜレオル! あいつを足止めするなんて!」
「レオル様、素晴らしい対応です! 移動先に罠を仕掛けておくなんて、予想していませんでした! ジャコランタンも驚いていましたね!」
「今回は本当に焦ったわ。でも杞憂だったようね。レオルの対応力の高さを再認識したわ」
レオルは盾を拾って夜空を見上げる。
「俺だけの力じゃないさ」
足止めした後のメンバーの連携もスムーズだった。
作戦を伝えなくてもその場で動いてくれる。白創の古はレオルの理想のパーティに近づいていた。
* * * * *
ジャコランタンをギルドに持って帰ると、受付嬢達は驚愕した。
「あの伝説の怪物を本当に倒したのですね…………! これまで国中の精鋭パーティが一度もクリアできなかったのに! これはすごいことですよ!」
「白創の古の皆様、本当にありがとうございます。当ギルドは皆様のおかげでグングン成長しています。皆様はシュルナクの宝です」
「ジャコランタンの頭は王族に届けますので、頂きますね」
新人らしき受付嬢がジャコランタンを受け取り、緊張の面持ちで奥の部屋へ運んでいく。
「約束通り、皆様には貴族階級の証が与えられます。後日お渡ししますので、楽しみにしていてください」
「そういえばそんな報酬もあったな」
レオルは王族に婿入りするつもりはなかったため、貴族階級の報酬については忘れていた。
それよりも興味のあることが一つあった。
「今回、王族はジャコランタンの頭を欲しがっているという話だったが、手袋も渡す必要があるのか?」
「いえ、頭以外は当ギルドで処分するつもりでした。もしも欲しいのでしたら、差し上げますけれど」
受付嬢の言葉にレオルは笑みをこぼした。
ジャコランタンは手から魔法を使用していた。手袋のように見えるジャコランタンの手の部分は、魔法具の素材として使える可能性がある。
そんな取引を終えてから、レオルは白創の古のメンバーとテーブルについた。
中央にはジャコランタン討伐記念として作られたカボチャ料理があり、その周囲には特殊なメニューではないものの贅沢な料理の数々が並んでいる。
カボチャの皮をくりぬいて作られた芸術的な料理を目で楽しみながら、レオルはカボチャ風味の酒を飲み、肉や魚の料理を味わう。
そして祭り騒ぎが収まってきた頃、ジャコランタンの手袋をポケットから取り出し、テーブルに置いた。
「ルリエ、これを武器職人のところへ持っていくといい。ジャコランタンの手袋だ。おそらく魔法具の素材になるだろう」
「わたしにくれるのですか?」
「ああ、ジャコランタンの性質からして、魔法の杖の素材になるはずだ。他のメンバーでは使いこなせない」
レオルが手袋を差し出すと、ルリエはじっと見つめた後、レオルの目に視線を戻す。
「わたしは武器職人の方のお店を知りません。今度連れて行っていただけませんか?」
「構わない。では明日、一緒に行こうか」
「はいっ!」
その後、上機嫌になったルリエを見ながら、レオルは再び甘いカボチャ味の酒に口付けた。




