35 ジャコランタン 前編
「ルリエ、実は前から思っていたんだが、その杖はもっと上等な杖に変えた方がいいかもしれない」
ギルドで作戦会議をしていたとき、レオルがふと呟いた。
「この杖はダメでしょうか?」
ルリエはいつもの白杖を手に取り、首を傾げる。
「その杖は一級品だが、魔力を節約するような仕組みがある。ルリエにはむしろその逆、魔力を放出しやすい杖の方が合っていると思う」
ルリエはこれまでの戦闘で一度も魔力切れになったことがない。ドラゴンのブレスを打ち消そうが、サンダーバードの雷を打ち消そうが、魔力切れになる素振りすら見せなかった。
レオルは半年ほど同じパーティで戦っているが、ルリエの魔力保有量の底が見えない。
それなら杖の出力をあげて、より高威力の魔法を使えるようにした方が良いとレオルは考えた。
「レオルの言うとおり、試してみるのは良さそうね。最悪魔力切れになるようだったら、元の杖に戻せばいいんだし」
「レア武器は持ってるだけで気合が入るぜ。見た目も強そうだしな!」
チトセとアッシュも賛同し、ルリエはだんだん前のめりになってくる。
「レオル様がそうおっしゃるのなら、買い替えてみたいです」
「レア素材が手に入ったら、俺の行きつけの武器職人を紹介しよう」
「はいっ! ぜひお願いします!」
そんな会話をしていたところ、受付嬢が青色のクエスト依頼表をテーブルに置いた。
「白創の古の皆様、これまで数十年間クリアされていなかったクエストに挑戦してみませんか?」
「数十年間クリアされなかったクエスト?」
「はい、ジャコランタンの討伐です」
受付嬢の話はこうだった。
年に一度、十月三十一日だけに現れる『ジャコランタン』という怪物がいる。
人の姿形をしているが、頭にはカボチャのようなものを被っていて、人知を超えた魔法を使用するらしい。
出現場所は固定のため、毎年王族がクリアできそうなパーティに声をかけているが、一度もクリアされたことがない。
もしもクリアし、ジャコランタンの頭を王族に渡した者には、貴族階級を与えられる。
貴族階級の者は、王族主催のパーティなどへ出席する権利が与えられ、王族との交際相手および結婚相手の候補になることができる。
「白創の古の皆様は、以前ドラキュラから姫様をお守りした実績がありますので、今年の挑戦者として王族よりお声掛けがあったのです」
「面白そうなクエストだな」
「王族のクエストの中でも過去最高の難易度っぽいわね」
「王族はジャコランタンの頭でシチューでも作るのか?」
「魔法具の素材にするのではないでしょうか」
そんな会話をしつつ、ジャコランタン討伐クエストへの参加が決定した。
そして来る十月三十一日。
レオル達はジャコランタンの出現場所である王族の裏山の天辺にいた。
半径百メートルほどは木々が無く、背の低い草だけが生えている。
そして日が沈んだ頃。
「やぁやぁ、冒険者の諸君。一晩限りのハロウィンを楽しみに来てくれたようだね」
身長二メートルほどの人影が現れた。
頭にはカボチャのようなものを被っていて、目と鼻は三角形、口はギザギザにくり貫かれている。
体は真っ黒で、手につけている白い手袋と大きな指先だけが目立っていた。
「ハハハ、君達はなかなか面白い組み合わせのパーティだね。魔法使いではない者もいるようだ」
(チトセを呪術師と見抜いたか)
異国の風貌から魔法使いではないと想像はつくかもしれないが、ジャコランタンは本質を見抜いているような口調だった。
魔法に精通している特殊な怪物なのだろうと、レオルは冷静に分析する。
「君たちの恐怖の表情が楽しみだ。トリックオアトリート。明るい舞台を用意してあげよう」
パチン……。
ジャコランタンが指先を鳴らすと、地面がぼんやりとオレンジ色に光った。
「わざわざ戦いやすくしてくれるとはな」
「舐めやがって。最初から飛ばしていくぜ……!」
アッシュがハンマーを振りかぶり、ジャコランタンに向かって駆け出した。
ジャコランタンは防御の構えを取らない。
「っしゃぁああ!」
アッシュはジャコランタンにハンマーを振り降ろした。
その瞬間、ジャコランタンはパチンと指を鳴らす。
ガキンッ…………。
ジャコランタンとレオルの位置が入れ替わっていた。
レオルはアッシュのハンマーを受け止めている。
「な……何が起きたんだ…………?」
「俺とジャコランタンの位置が入れ替わったようだな」
冷静に分析しながら振り向くと、ルリエとチトセがあんぐりと口を開けていた。
「なんですかあの魔法……!? 見たことありませんよ! 空間を歪めたんですか!?」
「あのハンマーに反応したレオルに驚きだわ。位置入れ替えなんて想定してないはずなのに、よく防げたわね。他の盾使いなら吹っ飛んでたわよ」
ジャコランタンはどのような仕組みか、カボチャをくりぬいたような口をケタケタと揺らしながら、楽しそうに拍手をしていた。




