32 サンダーバード 後編
「とんでもない速さだわ…………よく反応できたわねレオル。あたしは目で追うのがやっとだったわ」
「威力も強え。正面から受けねえと持っていかれるぜ。あれを弾けるのはさすがだぜ!」
「サンダーバードの攻撃は直線的だ。それに、スタートの位置が有利だからな」
サンダーバードはレオルよりも速いが、レオルの方がルリエ達の近くにいる。
この距離の差によって、レオルはサンダーバードより後から動き始めても先回りすることができる。
さらに、サンダーバードは超速のため、細かなフェイントをかけてくることもない。レオルにとっては守るべき相手が明白だ。
(防ぐことは問題ない。しかし、やはり攻撃は振り遅れるな)
アッシュのハンマーは振りかぶってから振るという二段階の動作が必要なため、正面に立ちふさがるだけの盾よりも一手遅くなる。
サンダーバード相手には、この一手の差が致命的だった。
「次は遅延空間を使う」
レオルが作戦を伝え、アッシュは頷いた。
サンダーバードが翼をはためかせ、再びバヂンッッッ……! と急降下する。
その瞬間、レオルは落下地点に先回りし、自身を中心として半径五メートルに霧状の魔力を展開した。
サンダーバードは遅延空間の中に突っ込むと、冒険者の動体視力でのみ把握できる程度、カクンと速度が落ちた。
その隙にアッシュはハンマーを振り、サンダーバードの羽に当たった。
ドッ……。
しかし、サンダーバードはさほど体勢を崩すこともなく、レオルの右手の盾に突っ込んだ。
キィイィイイイン…………。
再び硬質な音を鳴らし、その勢いのまま舞い上がる。
ルリエはパチパチと何度も瞬きしていた。
「レオル様、凄いです……! あの速さの攻撃も片手で防げるのですね……!」
「遅延空間の発動中なら防げるさ」
レオルは左の盾で遅延空間を発動している間、防御には右手の盾しか使用できなくなる。
手数の多い攻撃は苦手だが、単発の攻撃には強い。
「レオルの防御力はさすがだわ。でも、あいつ意外と硬いわね。アッシュの攻撃を受けたのに、ダメージを受けてないみたいだったわ」
「いや、サンダーバードはそこまで硬い怪物ではないはずだ。攻撃のタメが足りないんだろう」
「レオルの言う通りだぜ。あいつが速すぎてタメを作れねえ」
アッシュは普段より小さくハンマーを振っていた為、威力は通常の半分以下になっていた。
(タメさえあれば十中八九止められる。アッシュを信じるしかないな)
レオルは逡巡の後に結論を下した。
「俺が一秒間、攻撃の隙を作る」
「ちょ……レオル、何を言っているの? あんな速い敵に一秒も隙を作れるわけないでしょ……!? さっきだってコンマ五秒程度よ……?」
「そうですよ、レオル様! 遅延空間ですら止められなかったのですよ!? その倍の時間止めるだなんて……いくらレオル様でも無理ですよ!」
チトセとルリエが否定したが、レオルは余裕の表情を浮かべた。
「問題ない。できるさ」
レオルは再び構え、アッシュにアイコンタクトを取る。
「レオルが言うなら、マジで一秒間止められるんだろうな。信じるぜ!」
アッシュはハンマーの柄を長く持ち直した。
次の瞬間。
バヂンッッッッッッッ……………………!
サンダーバードは再び破裂音を鳴らし、急降下してきた。
レオルは進行方向に立ちふさがり、遅延空間を展開する。
その空間に入った瞬間、サンダーバードは常人の目でも確認できるほどガクンと速度が落ちた。
「なぜっ……!?」
「本当に止めたの……!?」
ルリエとチトセは驚愕の表情でその一瞬を見つめていた。
レオルが使用したのは遅延空間の応用技だ。
通常の遅延空間は左の盾で発動し、右手の盾で敵の攻撃を防ぐ。
しかし、今回レオルは両手の盾で遅延空間を発動することで、遅延効果を倍にしていた。
サンダーバードの攻撃は大幅に減速したが、その対価として、レオルは盾を防御に使えない。
ドゴッ…………!
アッシュのハンマーがサンダーバードの腹部を捉える。
体を折ったサンダーバードは地面を二回跳ね、体に纏っていた電気魔法が消える。
その隙にチトセが駆け寄り、羽に触れた。
バシュッ………………。
サンダーバードが静止し、三人の激しい呼吸音だけが響いていた。
ルリエが青い瞳でレオルを見つめる。
「レオル様、なんて無茶を……! 遅延空間の効果を高めるためにご自分の防御を捨てるだなんて……! お怪我はありませんか!?」
「ああ、無傷だ」
レオルが答えると、ルリエはホッと息を吐いた。チトセとアッシュもハァ……と大きなため息を吐く。
「レオル、相変わらずとんでもないことするわね……。アッシュが振り遅れたら死んでたわよ……。その度胸には感服するけどね」
「それだけアッシュさんを信じていたということですよね。仲間を信じることは素敵ですよ」
ルリエは柔らかな笑みを浮かべたが、レオルに近づいてくると、困ったような表情に変わった。
「ですが、あのようなリスキーな技は、わたしは心配しますよ。できるだけ危ないことは避けてくださいね?」
「ああ、できるだけ安全な方法を取るさ」
レオルは能力の高さ故に、周囲から危ない橋を渡っているように見えても、本人は安全だと思っていることがある。
そんな認識齟齬には気付かず、レオルはルリエの言葉にあっさり頷いていた。
* * * * *
レオル達はシノプの街のギルドに報告し、すぐに魔法使いを集めるように伝えた。
それからほどなくして街に明かりが灯り、酒場が店を開け、外を歩く人が増え始める。
そんな光景を窓越しに眺めながら、レオル達はギルドでもてなしを受けていた。
「あのサンダーバードを倒してくださるとは……! 本当にありがとうございます!」
「おかげ様で私達の街は明かりを取り戻すことができました。街の象徴である繁華街も明日から復活できそうです。本当にありがとうございました!」
「俺達は依頼をこなしただけだ。構わないさ」
「いえいえ! そういうわけには!」
「そうですよ! たーんとお食べください!」
店の全種類の料理を出す勢いで、次々とテーブルに運ばれてくる。
そんなレオル達の反対側では、シノプの冒険者達がサンダーバードを物珍しそうに見ながら会話していた。
「シュルナクの街のギルドがコイツを狩ったらしいぞ…………」
「こんな速い怪物をどうやって……。見たところ、レイピア使いなどはいない。それどころか攻撃の遅いハンマー使いがいるぞ!」
「おそらく盾使いの彼が止めたんだろう。レオル・アクレス、名前くらいは聞いたことあるだろう? 異なる二つのパーティで魔物を討伐している実力者だ」
「元碧撲の徒か! 碧撲の徒が弱体化したと思ったら、サブガードの彼が他のパーティでこれほどの戦果を上げているとは……!」
「『白創の古』はレオル・アクレスが作ったパーティらしいぞ! 今やシュルナクの象徴は彼らだ」
そんな噂話を聞きながら、レオルはシノプの料理に舌鼓を打つ。
ふと顔を上げると、銀色の睫毛がパチパチとまたたいた。
「レオル様、そういえばサンダーバードの翼は希少な盾の素材になるんですよね? 強い武器は作れそうですか?」
「ああ、あれほどの怪物の素材だからな。レア武器になるだろう」
「ふふっ、良かったですね」
先ほどまでレオルの身を気遣っていたルリエだったが、心配は晴れたようだった。
「わたしもレオル様の新しい盾が楽しみです。レオル様は盾を握っているときが一番輝いていますからね」
予想外のルリエの言葉に、レオルはフッと笑った。




