3 ルリエ・マーレット 後編
「あの、レオル様。つかぬことをお聞きしますが、今パーティのメンバーを募集しているというのは本当でしょうか?」
「誰から聞いたんだ?」
レオルはパーティメンバーを募集していることをギルド以外には言っていない。
「昨夜、碧撲の徒の方がギルドでパーティの再申請をしていて、わたしは彼らの会話を聞いてしまったのです」
(なるほど、奴らか)
碧撲の徒は五人パーティとしてギルドに登録されていたが、レオルを除籍して再申請しなければ、レオルに報酬を分ける義務が生じ続ける。
他にも、五人パーティは四人パーティよりもギルドに定額で支払う管理費やギルド使用料が高くつくなどのデメリットもあった。コスト削減を考えれば当然の行動である。
あるいは、レオルを早々に除籍することで、レオルが後からゴネても戻れないように手を打ったつもりなのかもしれない。レオルに戻る気などないが。
「確かに俺はパーティメンバーを探している」
「でしたらっ! わたしごときが差し出がましいことは重々承知しておりますが……わたしをメンバー候補として検討していただけないでしょうか?」
(ルリエは自分が選ぶ立場ではなく、選ばれる立場だと考えているようだな。珍しい子だ)
仲間を対等に見ること、サブガードに偏見を持たないこと、大切な二点においてルリエはレオルの希望条件を満たしている。また、ルリエの着用している白ローブは彼女が一線級の実力者であることも示している。
しかし、レオルにはいくつかの疑問が浮かんでいた。現時点でルリエはパーティメンバーとして申し分ないように思えるが、疑問点を解消しなければ頷くことはできない。
「ルリエ、君の役割は?」
「メインガードです」
その答えにレオルは意表を突かれた。ルリエは攻撃発動に時間のかかるメインアタッカーか、あるいは攻撃手段を持たないヒーラーやサポーターだと予想していたからだ。
魔法使いがメインガードを務めること自体は珍しくないが。
「メインガードなら、なぜジャイアントオークに襲われたとき防御しなかったんだ」
盾を持っていなかったことは言い訳にならない。盾はあくまでも魔法の効果を高めるための補助。本職のメインガードであれば、盾がなくても防御魔法を展開できたはずだ。
「わたしは防御魔法を使うことができません」
「何を……」
と言いかけて、レオルは一つの答えに辿り着いた。
メインガードには防御魔法を使えない者がごくわずかに存在する。
「打消し魔法か」
「はい、その通りです。このような珍しい魔法をご存知とは、さすが碧撲の徒のレオル様です」
通常の防御魔法は魔力の壁を作るのに対し、打消し魔法は敵の魔力に自分の魔力をぶつけて相殺するようなものだ。敵の魔力を理解しなければならないため、高度な技だが、毒などの特殊魔法にも対応できる。
「ご存知の通り、打消し魔法は物理攻撃に対応できません」
通常の防御魔法が物理的な壁を展開するイメージだとすると、打消し魔法は火に水をかけるようなイメージだ。魔法攻撃に対して滅法強いが、物理攻撃に対しては無力となる。
「わたしはこの特殊な魔法のために、なかなかパーティを組むことができず、パーティを組んでも長続きしませんでした」
下級の冒険者はオークやゴブリンといった、魔法を使わない下級の怪物を狩ることが多く、ルリエの打消し魔法は有効ではない。
かといって、一線級のパーティがルリエを採用するかと言えば、それも難しい。
一線級のパーティであれば、魔力にも物理にも対応した『使い勝手のいい高等魔法使い』を採用できる。あえてルリエを採用するとしたら、魔物やダークエルフなど、魔法主体の敵とのクエストでピンポイント起用する程度だ。
さらに。
「何度か単発のクエストを受けてみたのですが、物理攻撃がまったく後衛に飛んでこないということはありませんでした」
「そうだろうな」
魔法主体の怪物でも、魔法しか使わないわけではない。サブガードが取りこぼした場合、後衛に物理攻撃が飛んでくることもある。
「パーティを組んだときは、魔法攻撃だけ打ち消してくれればいいと言われていたのですが、実際に戦闘になったら物理攻撃が飛んできて……わたしもメインアタッカーの方も怪我をしてしまい……。止められなかったのはわたしの責任なのですが……」
「それは違うぞ」
打ち消し魔法の使い手とパーティを組むのであれば、サブガードがすべての物理攻撃を防がなければならない。それは冒険者のセオリーであり、常識だ。
「自分のミスをメインガードに押し付けるサブガードなど、ロクなものではない」
レオルは気づくと自分の考えを語っていた。
「ありがとうございます……そんなことを言ってくださるなんて……」
ルリエの青い瞳は涙で滲んでいた。
レオルはルリエとパーティを組んだ場合、ルリエの代わりにすべての物理攻撃を防ぐことはできるだろう。
(しかし、打消し魔法という特殊な冒険者を仲間にして良いのだろうか)
「ルリエ、君は他には何ができる?」
青い瞳がレオルを期待の眼差しで見つめ返した。
「わたしは、料理が得意です。たとえドラゴンであろうと美味しく捌くことができますし、薬草や山菜を見分けることもできます」
高難易度クエストは野外で寝泊まりすることもあり、食料は現地調達になるため、料理の腕前はそれなりに価値がある。パーティメンバーに一人は必須のため、初期メンバーにルリエを加えることで、今後出会う優秀なメンバーを料理担当不足という理由で断念するリスクが無くなる。
「いくつかのサポート魔法も使えます。騒音の軽減など」
「騒音の軽減?」
「戦場で味方同士の声を聞き取りやすくするため、一定範囲に防音効果のある膜を張って、怪物の声や雑音を打消す技です」
戦場で味方の声が聞こえないことは珍しくない。奇声を発する怪物が多く、森林など雑音が多い場所で戦うことも多い。そのような場合、声に頼らず、ある程度の連携不足は受け入れ、各自の判断で行動するのが冒険者のセオリーだ。
しかしルリエの言う通り、音を軽減する膜を張り、騒音を減らし、仲間の声を聞き取りやすくすれば、戦場での連携はスムーズになる。
ルリエは言い終えてから、はっと口を押えた。
「すみません、今のは忘れてください。以前使用したとき、『戦場で口を開いている暇などないのだから無意味だ』と叱られました。このような役立たずな魔法は……」
「いや、その魔法は使える……これまで俺が聞いた独自魔法の中でも特に優れた発想だ」
レオルの知る限り、そのような魔法を使う魔法使いは他にいない。
音を打消すという原理を考えれば、他の魔法使いでも再現できそうだが、それをやろうという発想に辿り着いた者はいなかったのだろう。
仲間を信頼し、仲間との連携を重視する、冒険者としての本質的な考え方を持っていない限り、そのような魔法を修得するには至らない。
前パーティで、仲間との連携に大いに神経をすり減らしてきたレオルの目には、ルリエは生涯の仲間に相応しい魅力的な魔法使いに映っていた。
「ルリエ、俺は君と組みたい。仲間になってくれるか」
ルリエの目は涙で潤んでいた。
驚愕の表情は一転、少女のような笑顔に変わり。
「はいっ! よろしくお願いいたします!」
打消し魔法の使い手、メインガードのルリエ・マーレットが仲間になった。