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28 ヴァンパイア 後編


「皆様、本日は護衛をよろしくお願いいたします」


 姫はウェーブのかかった薄い色の金髪で、白のドレスを纏っていた。


 その小さな口は多くを語らず荘厳だったが、レオルには恐怖を隠しているようにも感じられた。


 姫の心労を考え、短期で決着をつけるため、本日はあえて外の警備を手薄にしている。ヴァンパイアが現れる可能性は高い。


「それでは私はこれで失礼致します。姫をどうかお守りください」


 執事が退出し、レオル達と姫の五人で数時間待機し、深夜に差し掛かった頃。


 ガシャン……。


 部屋の窓が割れ、バタバタと黒い影が飛び込んできた。


「コウモリだ」


 レオルは情報を共有しながら姫を部屋の隅へ誘導する。仲間達は皆武器を構えた。


 次の瞬間。


 ガシャン……ガシャン……ガシャン……ガシャン……。


 コウモリの体当たりで部屋の明かりが次々と破壊され、室内は真っ暗になった。


(おそらくヴァンパイアは室内に紛れ込んでいるな)


 レオルは耳を澄ましヴァンパイアの位置を探ろうとしたが、コウモリの羽音に紛れて位置を掴むことができない。


 窓もコウモリで覆われていて、月明りも入らないため、目視で見つけるのは不可能だった。


「明かりをつけますっ」 


 ルリエが叫び、杖の先端にぼんやりと小さな明かりが灯った。


 本来は室内全体を照らせるはずだが、周囲十センチ程度しか照らせていない。


「なぜっ!? 明かりが大きくなりません!」


 動揺したルリエの声がする方へ、レオルは言葉を投げかける。


「ルリエ、おそらくコウモリが闇魔法を使用している。光魔法はむしろ危険だ。消してくれ」


 敵は用意周到に暗闇を作り出す準備をしている。


 ルリエの光魔法は周囲を照らすどころか、自身の位置を明確に敵に知らせていた。


「はいっ、消します」


 光が消えた。


 レオルは仲間の声を聞き分けることに集中し、室内の仲間の位置を把握する。


 そして、魔力で味方を引っ張り、全員を部屋の隅に飛ばした。


「えっ」


「うおぉ」


「きゃあっ!」


 三人はレオルの背後にスッと着地すると同時に、レオルは防御魔法を展開した。


 半球型の青い魔力がレオル達を包み込んだ。


 壁を背にしているため、この魔法を破られない限りは安全だ。


「相変わらず判断が早え……助かったぜ」


「ありがとうございます、レオル様っ!」


「ありがとうレオル。ここで体勢を立て直せるのは大きいわ」


 敵の奇襲を回避できたのは大きな成果だった。判断があと数秒遅れていれば、闇の中で次々と奇襲を受けていた可能性もある。


「キキキ……一筋縄ではいかないようだ。

 面白い。だが、その魔法が切れたときがオマエ達の敗北の時……楽しみだ……楽しみだ」


 ヴァンパイアと思われる声が聞こえた。流暢に話していることから上級の魔物だとわかる。


(おそらく大量のコウモリを操る特殊魔法持ちだな)


 レオルの使用した防御魔法『半球壁』は全方向から身を守れるが、強度は低い。高威力の攻撃を食らうと破られる可能性もある。


 現在はコウモリが幾度となく体当たりをしているため、徐々に半球壁の耐久力が落ちつつある。


「どうするの、レオル? なんとかしないと、このままじゃジリ貧よ」


「策がある」


 チトセの声にレオルは即答し、隣を向いた。


「アッシュ、特大魔法でコウモリを撃ち落としてくれ」


 コウモリ一匹一匹は弱いため、アッシュの低威力の特大魔法でも撃ち落とせる。


「いや、待て待て。内側から撃ったら、半球壁を打ち破っちまうぞ?」


「大丈夫だ。タイミングを合わせて解除する」


「そ、そんなことが……できるのですか?」


 とルリエの信じがたいような声がした。


 もしもタイミングが早ければ、コウモリからの攻撃を受けてしまう。タイミングが遅ければアッシュの特大魔法が半球壁にぶつかってしまう。


 どちらに転んでも自滅のリスクがあるため、完璧なタイミングを見極めなければならない。


「レオルが言うなら信じるぜ? 三……二……一……」


 半球壁までの距離を考慮する必要があるため、アッシュの声は参考程度にしかならない。


 レオルはアッシュの動きを見極め、特大魔法が掠るほどギリギリのタイミングで半球壁を解除し、再び発動した。


「「「ギャァー!」」」


 コウモリの半数が墜落したような音がした。


 まだ羽音は続いているが、レオルが半球壁を再発動したため、攻撃は依然通らないままだ。


「半球壁を解除しただけではなく、再発動したのですか……!?」


「信じられない早業ね……おかげでまだ一匹も中には入れてないわ。すごいわね」


「サンキュー! レオル! もう一発撃てれば残りも仕留められるぜ!」


 同様の連携を再度繰り返し、残りのコウモリも撃墜した。


 レオルは半球壁を解除し、ルリエが光魔法を発動する。


「照らしますっ!」


 室内が明るくなるとコウモリは床で全滅していた。


 しかし、肝心のヴァンパイアの姿が見当たらない。


「キキキ……姫の血はいただこう」


 ヴァンパイアはレオル達の真上の天井に張り付いていた。


 姿は人間に近く、黒マントを被っている。耳は尖っていて、肌は不健康そうな薄紫色だった。


 ヴァンパイアは姫に向かって真っ逆さまに加速し、口を大きく開けて牙を向ける。


(させない)


 ガキンッ……。


 即座にジャンプして間に入ったレオルは、ヴァンパイアの突進を盾で防ぎ、アッシュの方向へ弾いた。


 アッシュがハンマーを撃ちこみ、怯んだ瞬間、チトセがヴァンパイアの首筋に両手を当てる。


「女の血を吸うなんて、汚らわしい趣味ね」


 バシュ…………。


 ヴァンパイアは硬直し、動きを止めた。


 姫は目を丸くしてヴァンパイアを見つめ、次にレオルへと視線を移す。


 魔法兵を引き連れてドタドタと室内に入ってきた王が、涙を流して姫に抱きついたのは数秒後のことだった。



 * * * * *



 レオル達は王族御用達の食事処で、姫と同じテーブルを囲っていた。


 料理はどれも多くの食材を使用していて、見た目からして手間がかかっている。


 店内には弦楽器や笛を演奏している奏者達がいて、踊り子が優雅に踊っている。


「レオル殿、本日は素晴らしい働きでした。もしも貴方がよろしければ、私の専属の護衛になってはくれませんか?」


 姫の口からそんな言葉が飛び出て、ルリエ、チトセ、アッシュは口を開いたまま固まった。


「これまで多くの精鋭の兵を見てきましたが、あなたほどの者は見たことがありません。これからも私を守っていただきたいのです」


 金色の瞳はその言葉が冗談でもお世辞でもないことを物語っていたが、レオルは首を振った。


「すまないが、俺は誰かの専属になるつもりはない」


「そうですか。残念です」


 姫はレオルの答えを最初からわかっていたかのように、あっさりと引き下がった。


 三人はホッと息を吐き、笑顔で食事を再開する。


「では、代わりに皆へ何か褒美を差し上げましょう。私の命よりも安い物であれば検討します。まずはレオル殿から、何か欲しい物はありますか」


 その条件は実質、何でもいいと言っているに等しい。


 姫の持てる力を最大限に使い、レオル達の願いを叶えようということだ。


 姫からレオル達への感謝の念は想像に難くない。


「一流の建築士を紹介して欲しい。安らげる家を建てたいと思っているんだ」


「残念ながら、その願いは叶えられません」


 姫は首を振り、蠱惑的な笑みを浮かべた。


「あなたの家は私が責任を持って建てましょう。王家の者が建築士を紹介するなどという下賎な真似はできませんので」


 レオルは家を建てるに十分な金を持っていたが、どうやらそれ以上の家が建ちそうだった。


 その後、姫は他の三人にも要望を聞き、それぞれの願いを叶えることになった。


「また貴方方を指名し、依頼をするときが来るかもしれません。そのときは引き受けてくれますか?」


「必ず引き受けよう」


 姫はレオルの手に手を被せ、「約束です」と呟いた。


 その手のひらには微かな熱がこもっていた。


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