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26 クロコダイル 後編


 次の瞬間。


 川の水が津波のようにレオルの周囲一帯を襲った。


(水の操作魔法か)


 想定外の攻撃だ。


 特殊個体のクロコダイルが攻撃魔法を使うことは想定していたが、川の水を操作するとは思っていない。


「打消しますっ!」


 ルリエが木の陰から飛び出し、杖を振ると、津波の勢いが消えた。


 打ち上がった水はじんわりと陸に広がっていく。


 レオルの足はひざ下まで水に浸かり、靴は半分ほどぬかるんだ地面に沈んでいた。


(有利なフィールドを作ったか。賢いな)


 レオルはクロコダイルが襲ってきたら、身体能力強化魔法で躱すつもりだった。


 しかし、これほど足場を悪くされたら攻撃を躱すことはできない。


「レオル様っ! 大丈夫ですか!?」


「レオル、逃げて! アイツが来るわ!」


「もう間に合わねえ! 防ぐしかないぜ!?」


 ルリエとチトセとアッシュが次々と叫んだ。


 水面が盛り上がり、クロコダイルがロケットのように飛び出す。


 口を九十度にグアァと開き、無数の牙の生えた歯を見せながら、レオルに襲い掛かる。


「レオル様っ……!」


 ルリエは悲痛な叫び声をあげ、目を背けた。


 その瞬間。


 バンッ……!


 レオルはまるで蚊でも振り払うかのように、クロコダイルの下顎を右手で払った。


 クロコダイルは軌道を変え、森の奥の木に突っ込み、ズドンと音を鳴らす。


「え、レオル様、ご無事ですか!? 一体何をっ……!?」


「魔力で振り払った。俺は問題ない」


 盾使いのレオルにとって数少ない攻撃手段は、魔力で加速させた盾で敵を殴る攻撃魔法だ。


 今回は咄嗟の判断で、その魔法を盾無しで使用した。


 魔力で手のひらを強化し、クロコダイルの牙に触れないよう下顎をピンポイントで殴った。


 魔力の強度が不足していたら手が砕けるし、振り払う威力が足りなければクロコダイルの攻撃を受けてしまう。


 レオルは瞬時に強度と威力のバランスを見極め、魔力を適切に分配することで、盾魔法を再現していた。


「武器無しで対応するなんて……信じられません……。本当に手は大丈夫なんですか? 素手であの威力なら、普通は骨折では済まないですよ……?」


「ああ、無傷だ」


 ルリエはレオルの手を見つめながら、長い銀色の睫毛を何度もはためかせた。


 その後方では、チトセとアッシュが汗を垂らしながら、引きつった笑みを浮かべている。


「一歩間違えたら上半身が無くなっていたわよ……攻撃が遅すぎても速すぎても成立しないもの。あの緊張の中で、よく冷静に攻撃のタイミングを見極められたわね……」


「普通、あの牙を見たら防御したくなるはずだぜ。防御を捨てて攻撃するって、すげえ度胸だな……」


 二人はそんな風にボヤいていたが、やがてクロコダイルに視線を戻した。


 クロコダイルは木に衝突したことで、わずかに怯んでいる。


 さらに、ルリエがクロコダイルの水操作の魔法を打ち消したため、クロコダイルはすぐに川に逃げることもできない。


 千載一遇のチャンスだ。


 アッシュは木の上から飛び降り、「うおおお」と叫びながら、重力に魔力を上乗せした力でクロコダイルの上顎を叩いた。


 ガチンッ!


 強引に閉じられたクロコダイルの口から、歯のぶつかり合う音が鳴る。


 すかさずチトセが駆け寄り、クロコダイルの背中に触れた。


 バシュッ…………。


 クロコダイルは干乾びたように動かなくなり、チトセはへにゃっとその場に座り込んだ。


「大丈夫か?」


 レオルが近づいていくと、チトセは疲れた表情を向けた。


「レオル、あなた相変わらずとんでもないことするわね……。盾を捨てておびき出そうだなんて、無茶にも程があるわよ」


「オレもレオルが盾を捨てたときはビビったぜ! よく素手であの攻撃を振り払えたな!」


「レオル様がご無事で何よりです。

 ですが、わたしは意識が飛びそうでしたよ。レオル様は胆力がありすぎます。わたしはレオル様のお力を信じていますが、危ない瞬間は不安で一杯なんですよ?」


 レオルは「すまない」と答えたが、自分の身を心配してくれる仲間の温かさに心の中では感謝していた。



 * * * * * 



 クロコダイルをギルドに持ち帰ると、白髪に白髭のギルドマスターが出迎え、歓喜の声を上げた。


「白創の古の皆様、ありがとうございます! 希少なクロコダイルを当ギルドの記念すべき日に狩っていただけるとは! 今夜はインパクトのある料理で祝杯を挙げられそうです」


 本来はクロコダイルの所有権は白創の古にあったが、狩った場合は日ごろ世話になっているギルドに提供すると事前に伝えていた。


 ギルドマスターは寡黙な初老の男性で、普段は店の奥に潜んでいるため、このように喜んでいる姿を見るのはレオルも初めてだった。


「構わないさ。俺も料理は楽しみにしている」


 その後、ギルドに手伝いを買って出たルリエがクロコダイルをギルドの中央テーブルで捌き始め、冒険者達がにぎわい始めた。


「水中にいたクロコダイルを陸におびき寄せて狩ったらしいぞ! 目の前にいなければとても信じられない話だな……!」


「白創の古は紛れもなく、このギルドのエースパーティだ! 大物ばかり狩ってクエスト達成率百バーセントだぞ!」


「信じられないわ。クロコダイルなんて初めて見た。討伐できる怪物だったのね」


「丁度ギルドの記念日にこの大物を狩って無償で提供してくれたというのだから、心意気も素晴らしい」


 その後、切り分けたクロコダイルの身を大釜で焼き、テーブルに並べた。


 希望者には四名限定で足の鱗を持ち手として残したインパクトのある肉が提供されたが、レオルは遠慮して皿に並んだ美しい白色の肉を取った。


「レオル、それでいいのか?」


 案の定、アッシュは鱗付きの足肉を持っていたので、レオルはフッと笑う。


 その後、四人で肉や料理を食べながらも、席を自由に移動する冒険者がレオル達に声をかけにきたり、新人冒険者が握手を求めに来たり、賑やかな食事となった。


「レオル様、本日は本当にお疲れさまでした」


「お互いに頑張ったさ。お疲れ様」


 あっさりとした肉とスパイスの香りを楽しみながら、レオルはルリエとグラスを合わせ、小気味のいい音を鳴らした。


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