25 クロコダイル 前編
レオルが仲間達とギルドのテーブルでくつろいでいたところ、ルリエがパンと手を打った。
「そういえば、さっきギルドマスターの方に伺ったのですが、本日はこのギルドが建てられた日だそうですよ」
「創立記念日か。何か催しでもするのか?」
「はい、一応計画はしているそうです。ですが、毎年同じようなお祝いなので、何かもっとインパクトのあることをしたいとギルドマスターは悩んでいらっしゃいました」
「そんなものよね」
チトセが年齢には不相応な冷めた表情で、外へ視線を向ける。
「ギルドの料理は美味しいけど、食材は常時クエストで取れるものだけだもの。特別な日にたまたま特別な大物が手に入るなんてことはないわよ」
「ん、じゃあオレらで取りに行けばいいじゃねーの? でっかいレアな怪物とかさ!」
「だから、その特別な獲物を都合よく取れないって言ってるのよ。そんな簡単に取れるものなら、特別とは言えないもの」
チトセの正論にアッシュはぐ……と押し黙る。
受付嬢がレオル達のテーブルに来て、クエスト依頼表をスッと置いた。
「白創の古の皆様。実は依頼させていただきたいクエストがあります。先日と同様の特殊個体の討伐なのですが」
特殊個体は種族の中で飛びぬけて強い個体だ。本来魔力を持たない種族でも、膨大な魔力を持っている。
「今回はクロコダイルです」
「クロコダイルって、なんでしたっけ?」
「水辺に棲むワニ型と呼ばれる怪物だな。アリゲーターなどと同種族だ」
クロコダイルは水陸両用の怪物で、地上にいるときは四足歩行で地べたを這うように移動する。皮膚はゴツゴツとした緑色で、見た目は爬虫類に近い。
全長は三メートルから十メートルほどあり、強靭な顎の力で獲物をかみ砕くことから、羽の無いドラゴンと呼ばれることもある。
「とあるパーティがクロコダイルの特殊個体に遭遇したのですが、メインガードの防御壁もレアな盾も噛み砕かれ、まったく防御できなかったそうです。
おそらく顎の攻撃はいかなる魔法をもってしても防御することができません」
受付嬢は不安そうな表情で続ける。
「それとご存知だと思いますが……クロコダイルは危険すぎるため、あえて狩るような怪物ではありません」
本来なら、ギルドは可能な限り人を襲う怪物の討伐クエストを出す。
そうして数を減らさなければ、人々が危険に晒されるからだ。
しかし、クロコダイルは水中に生息していて、干渉しなければ問題ないことから、基本的にクエスト化することは無い。
また討伐しようにも、人が水辺でクロコダイルと戦うのは不利すぎるという問題もあった。
「ルリエ、良かったな。インパクトのある食材が手に入りそうだ」
「はいっ、マスターにお伝えしておきますね!」
「え、受けてくださるのですか!?」
受付嬢は両手を合わせて、小さく飛び跳ねた。
その後、レオル達は綿密な作戦を立ててからクロコダイルの特殊個体狩りに臨んだ。
クロコダイルは水陸両用の怪物だが、警戒心が強いため、自分が不利だと感じたら陸に上がることはない。
狩る気満々の四人パーティがゾロゾロと歩いていったら、戦うことすら叶わない。
そこで、レオル以外の三人が一人ずつクロコダイルの出現場所に行き、木々に身を隠すことになった。
まずは最悪の事態が起きても一人で逃げきることのできるアッシュ。
次に小柄で見つかりにくいチトセ、最後にルリエだ。
三人が五分間隔で密林に身を隠し、最後にレオルが囮として現れた。
「ふむ」
五分ほど、レオルが濁った川の近くに立っていると、川に巨大な黒い影が浮かび上がり。
ザバッ……。
黄色の目が二つ、水面からレオルを睨んだ。
体は水中に隠れているが、全長およそ十メートル。体重およそニトン。通常のクロコダイルよりも遥かに大きい。
また、レオルはクロコダイルの膨大な魔力を感じ取っていた。
(くるか……?)
しかし、クロコダイルはレオルの力量を図ったのか、それとも野生のカンで何か不穏なものを感じ取ったのか、再び水中に身を隠した。
(やはり通常の個体より知能が高い。厄介だな)
レオルは少しの間考えると、盾を二つとも百メートルほど離れたところに置き、丸腰で再び元の場所に戻ってきた。
木々の陰からそれを見ていたルリエは「ひぇっ」と小さな悲鳴を漏らした。
チトセは「何考えてるのよ……」と額に手を当てて項垂れ、アッシュの頬には一筋の汗が伝った。




