22 もう遅い。
レオルは『碧撲の徒』のメンバーであるジョゼ、ブリエル、キエル、ダルフォンの四人と酒場に来ていた。
「俺に用とは?」
クエストの依頼や情報交換であれば一考の余地があるとレオルは考えていた。
彼らとの縁は切れているものの、話を聞くくらいは良いだろうと思い、呼び出しに応じたのだが。
「用とはだなんて、水臭えこと言うなよレオル! 元パーティの仲じゃねえか! ほら、今日は俺の奢りだ。好きな物頼んでくれ!」
褐色の大男、リーダーのジョゼが店員を呼び、次々と飲み物やツマミを注文する。
レオルはアイスティーを頼みつつも、強面なジョゼの笑みに不気味さを感じる。
こんな柔和な態度は、パーティを組んでいた頃から一度も見たことがない。
「まあつまりだな、レオル。今日お前を呼んだのは他でもねえ、お前に碧撲の徒に戻ってきて欲しいって話なんだ」
「ん……俺を追放したとき、四人で十分だと豪語していなかったか?」
あれほど手柄に拘っていたジョゼが自分を連れ戻そうとするとは、レオルにとって意外だった。
意地を張ってでも四人で活動すると考えていたのだが。
「いや、すまねえッ! あれは俺の思い違いだ! お前がいなくなってから、クエストが全然捗らねえ! この前なんて、ジャイアントオークごときに遅れをとっちまったんだよ!」
ジョゼの丸太のような太腕には白布が巻かれていて、手や顔には細かな傷跡がある。
(上級の怪物にやられたのかと思ったが、まさかジャイアントオークに後れをとったとは……)
ジャイアントオークはレオルがソロ討伐したこともある中級の怪物だ。二線級パーティでも充分に勝てる。
そんな相手に一線級四人が後れを取ったということは、相当に連携が悪いのだろうと、レオルは呆れてため息をつきそうになる。
「結論から言うと、俺は戻る気はない。お前達は俺にこだわらず、まずはパーティを五人揃えたらどうだ? サブガードがいれば中級怪物に負けることはないだろう」
「サブガードならとっくに雇ったわよ……」
チャームポイントの尖がり帽子を外し、金髪を晒していたブリエル・サーキンが答える。
かつては常に自信満々だった若き魔女は、テーブルに向かって黒魔術でも使うかのようにボソボソとしゃべっている。
「レオル……あんたが抜けてから三人雇ったのよ。一線級のサブガード。そしたらどいつもこいつも全然守ってくれなくて……怖くて仕方ないのよ。あんな攻撃がバンバン飛んできたら、特大魔法を練る余裕なんてあるわけないじゃない」
ブリエルは以前「あんたに守られたことなんてない」とレオルに罵声を浴びせていたのだが、いつの間にか考えが百八十度変わっているようだった。
レオルはアイスティーを飲みながら、冷静に答える。
「お前達の連携不足が原因だろう。一線級のサブガードなら十分戦力になるはずだ。短期間で三人も入れ替えているから連携が深まらないんだろう」
「でもっ! あんたと組んでたときは最初から上手くいってたわ! あんたが優秀だって、気づかなかったことは認める! 私達にはレオルが必要なの! お願い、戻ってきて! レオルがいないとダメなの!」
レオルは小さくため息をついた。
あれほどきっぱりと決別したのに、よくここまで態度を変えられるなと、半ば感心していた。
彼女は若くして一線級パーティに入り、あまり苦労せずにトップを経験してしまった。
しかし、本来の実力は碧撲の徒の中では最下位で、今の状態は正しい姿ともいえる。
結局のところ、ブリエルは苦労しながら冒険者として成長するという過程を経験すべきなのだろうと、レオルは感じた。
もちろんレオルにとっては、チトセの方が遥かに優れたメインアタッカーだ。
技の発動時間はブリエルの半分以下で、作戦への理解力もある。
多少素直ではないものの、他人の悪口を言うこともなければ、実力を過信して暴走することもない。
つまるところ、レオルにとってブリエルと組むメリットは皆無だった。
「レオル……私からも頼みます。報酬は君だけ皆の三倍でも構いません。君にはそれだけの価値があります……」
やつれた表情で頭を下げたのは、サブアタッカーのキエルだ。
元々細身で長身の男だったが、さらにやせ細ったように見える。
(以前、俺の取り分に文句を言っていたはずだが……随分と馬鹿げた話を持ちかけてきたな)
キエルは元々、自分の利益にうるさい男だった。そのキエルですら、三倍の報酬を支払ってでもレオルを連れ戻すべきだと考えているようだ。
もちろん、レオルの心は揺らがず、退屈な話にあくびが出そうだった。
「金などいらない。俺は今のパーティに満足している。白創の古のメンバーには信頼関係があるんだ。それを失うことは考えられない」
「そこをなんとか……! このままではワシらは二線級に落ちてしまう! お前の力が必要なんじゃ!」
ガバッと勢いよくテーブルに頭を擦りつけたのは、サポーターのダルフォンだ。
(確かこいつは珍しい怪物の角を集める趣味を持っていたな。二線級に落ちてクエストのレベルが下がるのを嫌がっているのだろう)
身勝手なダルフォンの心を読み、レオルは席を立とうとする。
「俺は知らん。もう帰るぞ」
「頼む! 待ってくれ! ワシが以前お前に言った言葉は取り消す! 戦闘素人ジジイの戯言だったんじゃ! お前の貢献度は素晴らしかった! ワシらは今身を持って、お前の偉大さを痛感している!」
追放されそうになったとき、誰か一人でもこのような言葉をかけていれば、レオルは留まったかもしれない。
しかし、当時は誰一人としてレオルを正当に評価せず、皆追放に賛成していた。
今更レオルの実力に気づいても、もう遅い。
「頼む! レオル! この通りだ! 俺達ともう一度、パーティを組んでくれ! お前がいないと、碧撲の徒は成り立たなねえんだ!」
「お願い、レオル! あんたがいないと、私はもう怖くて冒険者なんてやってられないの! また私を守ってよ!」
「私もこの通りです。レオル、なんならパーティの報酬の八割を君に受け取っていただきたい。どうか戻ってきてください」
「レオル、お前は天才だった! 素晴らしい才能を持っていた! どうかまた、碧撲の徒で、その才能を見せてくれ!」
四人が口々に叫び、頭を下げたため、店中から注目が集まっていた。
かつて人々の英雄だった碧撲の徒がそのような恥を晒していいのかと、レオルは呆れてしまう。
どれだけ頼まれても、レオルの答えは最初から決まっていた。
「俺には大切な居場所がある。誰よりも信頼し合える仲間がいるんだ。彼らと出会うきっかけを作ってくれたことだけは、お前達に感謝している」
レオルはそう言って、かつて仲間だった彼らに背を向けた。
背後でガタガタと力なく椅子に座り込む音が聞こえて、彼らが諦めたのだとわかった。
その後、レオルは出口には向かわず、そのまま店の奥へ向かって歩いていく。
ジョゼ達に呼び出され、ギルドから店に向かってくるときから、その気配に気づいていたのだが。
「何をしている?」
奥のテーブルには、顔を両手で隠しているルリエ、メニューで頭を隠しているチトセ、背後を向いて口笛を吹いているアッシュがいた。
三人がおそるおそる顔を見せ、レオルを見上げる。
「よう、レオルじゃねえか。奇遇だな! こんなとこで何してんだ?」
「ホントね。この店よく来るのかしら。あたしアイスティーをおかわりするわ。レオルも飲む?」
「レオル様……後をつけてしまってすみません! 悪気はなかったのですが、レオル様が碧撲の徒に引き抜かれてしまうかと不安だったのです!」
一瞬で白状したルリエを見て、アッシュとチトセがしまったという顔をする。
「正直者は一人だけらしいな」
レオルはフッと笑いながら、席に着いた。
チトセからメニューを受け取って軽食を注文する。
碧撲の徒のメンバーと一緒にいたときは何も食べる気にならなかったが、思い出したように空腹を感じていた。
「ま、レオルが引き抜かれなくてホッとしたぜ。お前と一緒のパーティが一番楽しいからな!」
アッシュが親指を立ててみせ、レオルは口端で笑う。
「あたしは最初から信じてたわ。レオルが碧撲の徒に戻るはずがないもの。あたしが心配していたのは、情に厚いレオルが、元仲間に厄介なクエストを押し付けられたりしないかどうかよ」
チトセがツンとした口調で言うと。
「チトセちゃんはお店に入ったときは泣きそうな顔をしていましたよ? わたしも人のことを言えませんが」
ルリエがきょとんとした顔で暴露した。
チトセは赤面しながら、運ばれてきたアイスティーをゴクゴクと飲み始める。
そんな彼女に気付かない様子で、ルリエは少女のような笑みを浮かべた。
「ですが、レオル様がここを戻るべき居場所だと思っていてくれて、嬉しかったです。これからもよろしくお願いしますね」
「ああ、よろしくな」
レオルはルリエの青い瞳を見つめながら、窓から流れる風の心地良さを感じていた。
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