21 アンデッド 後編
その後、レオルはじりじりと魔物との距離を詰めていったが、残りあと十メートルのところで、反射神経の限界が来た。
これ以上近づくと魔物の攻撃を防ぐことができない。
たとえ身体能力強化魔法を使っても、脳の反応速度までは強化できないからだ。
レオルはすでに常人の限界をはるかに超えている。
「ヒトは私に勝てない……。数には限りがあり……時間には限りがあり……私の芸術作品だけが無限なのだから……」
魔物は不気味に言いながら、魔法攻撃とアンデッドの増殖を繰り返す。
しかし、レオルの背後ではチトセが小声で「準備ができたわ」と囁いた。
レオルは口端を吊り上げて微笑む。
「よくやった、チトセ」
レオルは両手を広げると、左右の盾から魔力を解放した。
衝撃を受けた左右のアンデッド達が十数メートル吹っ飛び、わずかな時間、レオルの周囲にアンデッドがいなくなる。
「かかったなァ……この瞬間を……待っていたァ……!」
魔物は両手をレオルに向け、特大魔法を放った。
レオルは瞬時に反応し、四メートル四方の防御壁を展開した。
水色の半透明の壁にバヂンと音が弾け、視界は光で覆われる。
「何ッ!? 防いだだとッ!?」
「レオル、すごいわっ……!」
間近でレオルの対応を見たチトセは、興奮気味に叫んだ。
後方にいたルリエとアッシュも突然の閃光に振り向く。
「レオル様が防いでくださったんですね。なぜ止められたのでしょう……?」
「先読みしたのか? まるでこのタイミングで特大魔法が来るってわかってたみたいだったぜ……!」
魔物はこれまで狭い範囲の攻撃のみ使用していたが、それは特大魔法を使えないからではなく、周囲のアンデッドを巻き込まない為だろうとレオルは考えていた。
そのため、周囲のアンデッドを弾き飛ばせば特大魔法を使用してくるだろうと、レオルは読んでいた。
不意打ちの特大魔法を防いだことで、逆に魔物の方が不意打ちを食らったような顔をしている。
「いくぞ、チトセ」
「うんっ!」
レオルは防御壁を展開したまま駆け出した。
その後ろをチトセがついていく。
左右からアンデッドが迫ってきたが、レオルは防御壁で押しのけ、強引に突き進んだ。
(いける)
レオルは魔物に到達する手前で速度を上げ、魔物に体当たりした。
ドンッ…………!
防御壁の青い魔力が、粘着力があるかのように魔物に貼り付く。
「ぐ……動けん……! 何故だ……!?」
「ウロボロスの盾の特殊効果だ」
盾を通した魔力には、触れたものの動きを鈍らせる効果がある。その効果は触れている面積が広いほど大きくなる。
四メートル四方の防御壁は、魔物の体の前面すべてを押さえつけていた。
少し遅れて追いついたチトセは、防御壁と地面の間から手を伸ばし、魔物の足に触れる。
「……小娘がッ!」
バシュ………………。
数十本の黒い線が魔物を拘束し、魔物は驚愕の表情のまま硬直した。
途端、周囲のアンデッドが力なく崩れ、地面に染み込むように消えていく。
アッシュとルリエは息を切らしながら駆け寄ってきた。
「倒したんだな! さすがだぜ、レオル! オレ達の方に来る攻撃も防いでくれて助かったぜ!」
「レオル様! チトセちゃんを魔物の元まで守り抜いたのですね……! 上級の魔物の攻撃をお一人で……素晴らしいです! チトセちゃんも頑張りましたね!」
「あたしは後ろをのこのこついていっただけよ。レオルのおかげだわ。目の前で魔法を撃たれても反応できるんだもの。真後ろで見たけど、びっくりよ」
三人の称賛を受けて、レオルは軽く腕を伸ばした。
「皆頑張ったさ」
瞬時に役割分担の判断ができたのは、仲間にも戦える実力があったからだ。
パーティの成長にレオルは確かな手応えを感じていた。
* * * * *
ギルドに戻りクエスト結果を報告すると、受付嬢は驚愕していた。
「上級の魔物とアンデッドをまとめて倒してきたのですか!? 全員無傷で……?」
「ああ、幸い怪我人はいなかった」
新人らしき受付嬢は理解の許容量をオーバーしたのか、両頬に手を当ててフリーズした。
隣から落ち着いた雰囲気の受付嬢が彼女の肩に手を置いて微笑む。
「白創の古の皆様、ありがとうございました。今回のクエストは不明点が多かったため、念の為に皆様に依頼させていただいておりましたが、上級の魔物が絡んでいたのですね。皆さまでなければ討伐できなかったと思います」
受付嬢は深々と頭を下げ、その横では「追加報酬よ! 追加報酬を持ってきて!」と別の受付嬢が慌ててカウンターの奥に叫んでいた。
ギルド内はまだ人が少なかったが、それでもレオル達の成果を聞いた人が触れ回り、あっという間に賑やかになる。
「アンデッドを狩りに行ったら、突然上級の魔物が出てきたらしいぞ」
「普通のパーティにとっては悪夢だな。しかしそれをあっさりクリアしてしまうとは……白創の古は常識で測れないぞ」
「まだ結成して二か月も経っていないはずだが、とんでもない強さだ。このギルドのトップに立っているだけのことはある」
「碧撲の徒が弱体化しているが、やはりレオルが鍵なんだろう。彼がいた頃は碧撲の徒も無敵だった」
「俺の家の近くにもアンデッドが出ていたから、解決してくれて助かったぞ! これで子供達も安心して外に出られる!」
そんな噂を聞きながら、レオル達は魔物を倒した分の追加報酬を受け取った。
魔物は人類最大の強敵のため、討伐すればクエスト外でも報酬を得られる。レオル達の懐はだいぶ潤っていた。
「今日はまだ時間がある。たまには別の街の酒場に行くのもいいかもしれないな」
「いいですね! この前のブルサの料理もおいしかったですし、珍しい料理があるかもしれませんね」
「賛成よ。クルクラ辺りなんてどうかしら」
「おう! オレは飲み食いできればどこでもいいぜ!」
その夜、レオル達はクルクラの街で魚介類を中心とした料理を楽しみながら、レオル達を知る人のいない街で静かな夜を過ごした。
(たまにはこんな夜もいいな)
レオルは窓から夜景を眺めながら、仲間達の心地よい会話を聞き、戦闘の疲れが抜けていくのを感じていた。




