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19 ダークドラゴン 後編


 怪物の頂点とも言われるドラゴンの猛攻。圧倒的な体積から繰り出される爪や牙を、一歩も下がらずに受け止め続ける。


 一人の人間がドラゴンを足止めする時間としては十分すぎるほどに長かった。


 しかし。


「レオル様っ……もう魔力が残っていないのでは……!? まだチトセちゃんの準備が……!」


 チトセが呪術を発動するまでの時間はおよそ二分。三十秒では圧倒的に足りない。


 ルリエの悲痛な叫びに、アッシュも「まじかよっ!」と驚きの声を上げる。


「ああ、俺の魔力は尽きた」


 レオルは両手を広げて、盾をその場に落とした。


 カランと音が鳴り、エメラルドグリーンの盾は地面で半回転して止まった。


 ドラゴンは赤目で盾を見ると、レオルに視線を戻してゆっくりと口を開く。


 知能の高いドラゴンはレオルの行動の意味を『降参』だと理解したのだろう。


「終わりだな」


 レオルはそう呟いた。


 ルリエは目に涙を浮かべ、レオルの背を見つめながら、同じように杖を地面に落とした。


 ドラゴンはレオルの度胸を試すかのように、ゆっくりと牙を近づけてくる。


 すでに勝敗はついていて、あとは無抵抗の人間を嚙み殺すだけだと察したのだろう。


 ドラゴンと人間は本来、一匹と群れで互角になるほどの戦力差がある。それが自然の摂理だった。


 ドラゴンの口がレオルの目の前でグアァと開かれたその瞬間。


 バシュッ…………!


 ドラゴンの全身を、数十本の黒い線が包み込んだ。


 ドラゴンは一瞬、何が起きたのかわからないような様子で腹部を振り向いたが、そのまま硬直し首が戻らなくなる。


 翼がバタバタと寂しげな音を鳴らしたが、それもすぐに止み、ダークドラゴンは完全に静止した。


「な……なぜ……? チトセちゃんの呪術はまだ発動できないはずでは……?」


 ルリエが力なくペタンと地面に座り込んだ。


 ドラゴンの腹の辺りから、チトセが静かに歩いてくる。音を消すため、普段付けていた装飾品はすべて外し、黒のローブのみ纏っていた。


「驚かせてゴメン。あたしはドラゴンが来る前から呪術の準備をしていたの」


 普段は突然魔物や怪物と出会うため、チトセは戦闘開始と同時に呪術の準備を始める。


 しかし、今回は事前にドラゴンが塔を壊しにくることがわかっていたため、待ち伏せ中に準備を始めていた。


 ドラゴン出現時には既にチトセは呪術を発動できる状態だった。


 今回は作戦会議の時間が短かったため、レオル以外のメンバーは各自の作戦のみ覚えており、ルリエやアッシュはこのことを知らなかった。


「じゃあ、レオル様が魔力を使い果たしたのは……」


「ドラゴンの隙を作る為だ」


 普段ならアッシュが殴って隙を作るところだったが、全長十メートルのドラゴンの頭を殴っても動きを止めることは難しい。


 そこで、レオルは魔力を使い果たし、盾を捨て、ドラゴンの油断を誘った。


 聡いドラゴンは勝利を確信すると同時に動きを止めた。それがレオルの罠とも知らずに。


 そんな全貌を伝えたところ。


「レオル様……ご無事で良かったです…………」


 ルリエは幼子のように顔をくしゃくしゃにして、安堵の涙を流した。


 薄暗い大通りに静かな泣き声が響く。


 レオルは少々の罪悪感を感じながら、彼女の背中をそっと撫でた。



 * * * * *



 レオル達はプルサの街のギルドに来ていた。


 プルサのドラゴン狩パーティが遠目からレオル達の戦いを見ていたらしく、戦闘終了後しばらくしてからレオル達に声をかけ、彼らのギルドに案内したのだ。


 レオル達がテーブルにつくと、ギルドの受付嬢達が満面の笑みを浮かべながら一列に並んだ。


「ダークドラゴンを倒してくださり、ありがとうございました!」


 彼女達からしてみれば、ギルド内最強のパーティがクエストに失敗し絶望していたところ、代わりにクリアしてくれた救世主なのだろう。


「俺達はクエストをこなしただけだ。気にしないでくれ」


「いえいえ! そういうわけにはいきません! この街はあなた方のおかげで救われたのですから!」


 ドラゴンを狩り損ねたパーティの長を名乗る中年の男も、受付嬢の言葉に頷く。


「ええ。我々が逃したときは手の打ちようがないと思ったのですが、まさかアレを狩ってくださるとは……いくら感謝してもしきれません。本当にありがとうございました」


「お礼には及びませんが、本日は是非この街の名物料理を堪能してください。当ギルドがご馳走します」


 受付嬢からそう勧められ、その後は次々とレオル達のテーブルに料理が運ばれてきた。


 二つ隣の街は文化や狩れる怪物の種類が変わるため、肉料理や野菜など基本的な構成は変わらないものの、見たことのない料理がいくつもあった。


 レオル達は移動と戦闘の空腹を満たしながら、その珍しい料理の感想を語り合う。


 そんなテーブルの向こう側では。


「シュルナクの街のパーティで、白創の古というらしい。この名前は覚えておいて損は無さそうだ」


「ダークドラゴンを狩ったというから歴戦の猛者かと思ったが、まだ若いパーティのようだな。とてつもない才能だ」


「昨日依頼したら、今日ダークドラゴンを狩ってくれたらしいぞ。仕事が早い」


「大がかりな罠を使ったというわけでもなさそうだな。一体どうやって……。彼らは何者なんだ……?」


「聞いた話によると、サブガードの彼がリーダーで、ドラゴンの攻撃相手に一歩も引かなかったらしいぞ」


「サブガードが!?」


 しばらく遠巻きに噂していた彼らだったが、一人がレオル達に質問しに来たのを皮切りに、あっという間に全員がレオル達のテーブル近辺に集まった。


 質問攻めになりかけたところで、アッシュが「ドラゴン狩りの一部始終を話してやるぜ!」とお得意の大ぶりな身振り手振り付きの語りを披露すると、皆聞き入り、歓声や悲鳴を上げながら盛り上がった。


 レオルはふと視線を上げると、ルリエと目が合った。


「どうしたのですか? レオル様」


「美味い料理だな」


 と言って誤魔化したが。


 ルリエの泣きはらした顔の赤みが酔いの赤みに紛れていたため、レオルは密かに安堵の息を漏らした。


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