13 ラフレシア盗賊団戦 前編
「レオル様、すっかり人気者になりましたね」
レオルに握手を求めてきた新人冒険者達が満足そうに立ち去るのを見送りながら、ルリエが言った。
レオル達はギルドでテーブルを囲んで次のクエスト候補をどれにしようかと話し合っているところだった。
「それはルリエも同じだろう」
魔物を倒してから街中がレオル達への好感で溢れている。
度重なるクエスト失敗で碧撲の徒の人気が落ちてきたところで、突如魔物を倒した新しいパーティ。レオルの知名度も相まって、人気になるのは必然だった。
最近では一般市民だけではなく、ライバルである一線級パーティの冒険者達もレオルに話しかけてくる。
それはつまり、若手ながら敵わない相手として実力を認められたということだ。
同じギルドのパーティ同士はクエストを奪い合うライバルであり、大きな括りでは運命共同体でもある。
ギルドの価値が下がってしまえば、ギルドに回されるクエストのランクが下がり、そこに登録されている冒険者達が割を食う。
そのため、ギルドで最も成果を挙げているパーティは、基本的に皆に好かれるものだ。
「オレなんてつい最近まで無所属だったのに、レオルと同じパーティで一線級のトップに立ってるなんて、夢みたいだぜ」
「あたしもそうよ。つい数週間前に登録されたばかりの新人だもの。レオルと会うまでまともに戦ったことすらなかったわ」
「そっちの方がすげえな」
アッシュとチトセも当然、人々に名前を知られている。
アッシュは大槌使いということもあり、同じ大槌使いの冒険初心者達からは憧れの対象となっている。
チトセは異国の美しい風貌も相まって、老若男女問わず好奇心で近寄って来た者達に、丁寧に接している内に好かれることが多い。
「白創の古の皆様、少々よろしいでしょうか」
顔なじみの受付嬢が一枚の紙を持って話しかけてきた。
「クエスト依頼か?」
「はい。実は……」
受付嬢の話はこうだった。
最近、ギルドのパーティが盗賊に襲われている。掲示板の張り紙に『ラフレシアの採集』という個人依頼の非公式クエストが貼られており、割の良い金額だからと引き受けたパーティが襲われたという。
最初はランクの低いパーティが襲われたため、一線級パーティ『凍瘡の羽』に盗賊の捕獲依頼をしたところ、彼らも歯が立たず返り討ちに合い、金品を強奪されたという。
「凍瘡の羽によると、盗賊はおそらく元一線級パーティの実力者が含まれているそうです」
「そんなのが盗賊をやってるなんて厄介ね。あたしたちは怪物や魔物専門だもの。人間は専門外よ」
チトセの言う通り、対怪物魔物と対人間では求められる戦い方が異なる。盗賊はパーティ狩りに特化しているプロであり、普段怪物や魔物を狩っている正統派パーティは彼らの土俵では素人同然だ。
「それに、人数も多いそうです。これ以上犠牲は出したくありませんので、ギルドで一番強い白創の古の皆様で退治していただけないでしょうか」
ギルドのトップが人々に好かれるのは、高難易度の仕事をこなすからでもある。つまり、他のパーティが失敗した高難易度クエストをクリアし、ギルドの評判を保ってくれるからだ。
もしも盗賊に襲われたまま何もできなかったらギルドの評判が落ち、ギルドへ依頼を持ってくる者が減る。
ギルド全体の利益に関わる依頼だ。
それに、レオルにはもう一つ受ける理由があった。
「凍瘡の羽には俺の顔見知りもいるんだ」
一線級パーティのメンバーで、初めてレオルに気さくに話しかけてきた冒険者の先輩が凍瘡の羽のリーダーだった。
目じりの皺が印象的な歴戦の盾使いで、戦いに関する考え方がレオルに近いため、レオルが気を許している相手だった。
「レオル様、お供しますよ! 同じ冒険者を襲うなんて許せません……! わたし達で卑劣な盗賊を捕まえましょう!」
「あたしの呪術は出番ないかもしれないけど、一応ついていくわ。仲間だもの」
「対人戦なら得意だぜ! オレらでそいつらの腐った根性叩き直してやろうぜ!」
「満場一致だな。俺も久しぶりに腹が立ったところだ」
レオルが依頼表にサインすると、受付嬢は深々とお辞儀をした。
「ありがとうございます! 危険な依頼で申し訳ないのですが、皆さんなら捕まえてくれると信じています! どうか、よろしくお願いします……!」
レオル達は一般的な盗賊の戦い方について互いの知識を教え合い、対策を立てた。
しかし結論としては、盗賊は何をしてくるかわからないため、各自でできることを考えて臨機応変に対応しようということになった。
パーティ狩りの場所は足場の少ない砂利道だった。周りは森で囲まれていて、敵が隠れられる場所は無数にある。それがクエスト依頼表に記載されていた場所だった。
「不利な条件ですね」
とルリエが不安そうな表情をする。
「でも、敵を引き付けるにはここを進むしかないのよね?」
とチトセは黒い瞳で周囲を見回す。
「ああ。だが、所詮は人間だ。気持ちを強く保つことも大事だ」
とレオルは味方を鼓舞し。
「ヤベエって思ったら、その時点で気持ちで負けてるってコトかぁ」
とアッシュは納得したようにハンマーを担ぎ直した。
レオル達はしばらく何もない道を進んだが、レオルの言葉のおかげか、メンバー達に緊張による疲労は見られなかった。
そして三十分ほど経った頃。
ボフッ……という音と共に、紫色の煙が大量発生し、レオル達を囲んだ。
「毒だ。ルリエ」
「はいっ、打ち消しますっ!」
ルリエの打消し魔法は、レオル達を中心に半球型に展開された。
紫色の煙はレオル達の半径十メートル手前で止まっている。半球の中にいる限り、毒に触れることはない。
「さすがだな、ルリエ」
「ありがとうございます!」
「打消し魔法の使い手がいて助かったわね」
「なんてことしやがる……普通のパーティならコレで終わりだったぜ!」
レオルも似たような防御魔法を使えるが、ルリエの方が魔力保有量が多いため、魔法を使える状況では積極的に使おうと事前に打ち合わせしていた。毒に対応できる者が二人もいるというのは、一般的なパーティとしては珍しい。
「ギャハハハハ! それで防いだつもりかあ?」
前方の森から複数の笑い声が聞こえた。おそらく十人程度いるが、全員木々に隠れているようだ。
「お前らはもう終わりなんだよッ! 行くぜぇ! 第二陣ッ!」
姿の見えないリーダーらしき男の合図と同時に、木々の隙間から三人の男が現れた。
三人ともローブを着ていて両手に杖を持っている。魔法使いの服装だ。
そして、杖の先端は禍々しく光っている。
「まさかっ! メインアタッカー三人!? しかも、事前に魔力を溜めていたの!?」
チトセが叫び、メンバー全員の表情に緊張が走った。
ルリエは今、毒の霧を防いでいる。その状態で別の攻撃を防ぐことはできない。
かといって、今かかっている魔法を一瞬でも解除したら毒の霧に包まれてしまう。
「レオル様っ……どうすれば…………」
ルリエの心配そうな声にレオルは冷静に答える。
「現状維持でいい。毒の霧は触れるだけでもまずい。そのまま打消し続けてくれ」
「でもアイツら撃ってくるぞ!?」
「俺が防ぐ」
アッシュを下がらせて、レオルは一歩前へ出た。




