1 追放
レオル・アクレスは冒険者宿の一室で小盾の手入れをしていた。
小盾とはその名の通り、小さな盾である。
レオルが持っているのはラウンドシールドと呼ばれる円形の盾で、軽量のため持ち運びやすく、片手剣使いが予備に用いることもある。
しかし、レオルは小盾を主に使用する冒険者であり、サブガードと呼ばれる五人パーティの防御担当だった。
「ふむ」
レオルは持ち手を握ったまま、金属部分を両足で力いっぱい押す。
持ち手の留め具がしっかり固定されていることを確認するための作業だ。
「…………よし」
実践では盾に魔力を通し、人力を遥かに超える魔物の攻撃を受けることもあるため、盾の整備は欠かせない。
地味な役割と言われているサブガードではあるが、パーティメンバーの命を守る立場にある。
盾の整備は日々の食事と同等の重要度であるとレオルは考えていた。
なぜなら、この世界『トレド』には、少数ではあるが、人々を狩る『魔物』と呼ばれる生物が存在する。
魔物は魔力保有量、身体能力ともに人間を凌駕する生物であり、一対一で魔物に勝てる人間は存在しない。
そこで、長きに渡る戦術の研鑽の結果、いつしか冒険者達は五人パーティで役割分担しながら戦うようになった。
一般的な冒険者は下級の怪物を狩って日々の生計を立てているため、魔物と対峙することなど一生に一度あるかどうかだが、レオルは一線級パーティ『碧撲の徒』に所属するサブガードのため、かつて一度魔物と戦ったことがある。
結果は誰一人として負傷せず、無傷での勝利だった。
魔物の首を持ってギルドへ帰還すると、レオル達のギルドは『絶対防御の碧撲の徒』として国中に知れ渡った。
レオルは今でも思い出すことがある。死を連想させるほどの強敵を目の前にして、パーティメンバー達が初めてレオルの指示に耳を貸し、歪ながら連携を取ることができた。
そのおかげで、レオルは本来の力を発揮し、魔物の攻撃をほぼ全て一人で防ぎ切ることができた。
パーティメンバーを守ることができて安堵したと同時に、碧撲の徒はこれから強くなっていくだろうと期待していた。
ところが、魔物を狩った後のパーティメンバーは増長し、それまで以上に個々が好き勝手に動くようになり、当時の連携どころかパーティ結成当初の連携すらままならなくなっていた。
現在、パーティ内ではどこか不穏な空気が流れている。
そのことに気づいているレオルだったが、思考を振り払い、いずれパーティの成長によって連携は深まるだろうと結論付けた。
コンコン……。
ノックが聞こえ、レオルは「入ってくれ」と答えた。
ドアを開けて入ってきたのは、パーティーメンバーのジョゼ、ブリエル、キエル、ダルフォンだった。
四人が宿で集まるなど珍しい。作戦会議でもするのだろうかと、レオルは期待を胸に抱く。
ところが。
「レオル、満場一致で、お前を碧撲の徒から追放することが決定した」
褐色の大男、ギルドリーダーのジョゼの言葉に、レオルは唖然とした。
「なんだと……なぜ俺が追放されるんだ……?」
「お前が口先だけの足手纏いだからだ。パーティの盾は俺一人で十分だ」
ジョゼの役割はメインガード。カイトシールドと呼ばれる五角形の大盾を用いて、高威力の魔法攻撃からメインアタッカーを守る役割だった。
サブガードとの違いは多岐に渡るが、一つは魔力による防御壁を多用することが挙げられる。
後衛に飛んでくる攻撃は強力な魔法攻撃のみのため、魔力保有量の多い者がメインガードとなり、防御壁でメインアタッカーを守る。
パーティの最大火力であるメインアタッカーを守ることができれば、例え他のメンバーが負傷したとしても勝機を見いだせる。いわば最後の砦のような存在だ。
ジョゼはそんなメインガードの役割を誇る一方で、同じ盾使いのレオルに手柄を取られることを酷く嫌っている節があった。
「碧撲の徒は並のパーティじゃねぇ。四人の精鋭がいれば十分だ」
「そうそう、ジョゼの言う通りー。サブガードなんていらないのよー」
桃色の尖がり帽子を深々と被っているブリエルが茶化す。
ブリエルは若くして魔の才に目覚めた魔法使いで、パーティのメインアタッカーを担当している。
メインアタッカーは生命力の高い魔物や怪物を一撃で戦闘不能にする役割だ。
魔物や怪物相手に小さな攻撃を積み重ねても逃げられることが多いため、魔力保有量の多い者が時間をかけて魔力を練り、特大魔法一撃で仕留める。それが冒険者達のセオリーだ。
彼女がいなければ敵を倒すことができないため、彼女は最も攻撃が当たらない最後尾にポジションを取り、メインガードが専属で彼女を守る。
このように華のある役割のため、ブリエルは仲間達から持て囃されているものの、その技術は年齢相応に未熟だった。
敵の致死ダメージを推し量ることができないため、魔力を無駄に多く練る。敵の動きを予測できないため、狙いを定めるまでに時間がかかる。
彼女はレオルという天才的な盾使いのおかげで、じっくり時間をかけて魔力を練ることができていたのだが、そのことに気付いていない。
「あたし、アンタに守られたことないしー。ジョゼがいれば十分よー」
「ああ、ブリエルをいつも守っているのは俺だからな。お前は小さな攻撃を防いでいるだけのアピール野郎だ。大きな攻撃は全て俺が防いでいる」
嘘だ、とレオルは思った。
レオルは日常的にブリエルを守っているし、命を守ったことも一度や二度ではない。
レオルがあまりにも簡単そうに敵の攻撃を防いでいるため、二人は弱い攻撃ばかり防いでいると勘違いしているのだろう。
また、フォーメーションの関係上、ジョゼがブリエルの近くに位置取り、攻撃を受けるたびにブリエルを守ったことをアピールしていたため、二人の主観ではジョゼが守ったことになっているのかもしれない。
二人の発言は、事実をひっくり返したような戯言だった。
「パーティメンバーは五人それぞれの役割がある。サブガードが抜けた四人では成り立たない。それはお前たちも知っているはずだ」
「黙れ、足手纏いが!」
ジョゼは宿の階全体に響くほどの声で叫んだ。
「俺達の戦闘力に依存してる分際で、てめぇまで一線級冒険者面してんじゃねぇ! 分け前目当てのクズが!」
「なんだと……!」
そこまで言われる謂れはなかった。
頭に血が上り、怒りが沸き上がる。
しかし、レオルは培ってきた冷静さで思考を切り替える。
(俺がパーティを抜けたら、碧撲の徒は急激に弱体化する。その状態で上級クエストに挑んだら、こいつらは命を落としかねない)
レオルの思考は正しかった。
メインガードを目指して挫折した者がサブガードを務めることが多い中、レオルは幼い頃からサブガードの重要性を理解し、サブガードになるために技能を磨いてきた希少な本職であり、易々と替えの利く人材ではない。
判断力、戦術眼、小盾の技術、防御魔法の技術において右に出るものはなく、連携のままならないパーティが一線級のトップでいられたのは、間違いなくレオルのおかげだった。
レオルは怒りを押し殺し、仲間の身の安全を優先する。
「分け前については妥協しよう。メンバー全員に不満があるのなら、俺の分け前を減らしてくれても構わない」
「ついに本性を現しましたね。分け前を減らしてでもパーティに縋り付こうとするその姿勢。まるで寄生虫のようです」
細身で長身の男、キエルがやれやれと大げさなジェスチャーをした。
キエルの役割はサブアタッカー。大剣と魔法で敵を攻撃し、攻撃の手数を減らす役割だ。
時間稼ぎ役という意味ではサブガードと同じだが、防御手段を持たず敵と間近で対峙するため、人々からは勇敢と称えられている。
同じ前衛でも、自らを守る盾を持っているサブガードとは、人々の評価に天と地ほどの差がある。
しかし、レオルはサブアタッカーとしても一線級で戦える才能を持っていた。
魔力保有量は人並み以上にあり、武具の扱いや体術は一級品。加えて判断力や危機察知能力、魔法を扱うセンスなど稀有な才能もある。
なぜサブアタッカーにならなかったのかといえば、レオルはパーティメンバーに犠牲を出すことを嫌い、守備力を重視していたからだ。
サブアタッカーはたとえ敵の攻撃を先読みしても防御できない。
下級のオーク程度が相手なら、大剣で敵の拳を防ぐことはできるが、そのような半端な防御は大型の怪物や魔物には通用しない。
片手剣と小盾の組み合わせならどうかと言えば、それは単独戦闘用の装備であり、複数人パーティで小盾を持った機動力の低いサブアタッカーなど論外である。
そのような事情があり、レオルは臨機応変に仲間を守ることのできるサブガードになったのだが。
「ワシのような戦闘素人の目から見ても、レオルの貢献度は著しく低い。攻撃を受けることが少なく、手よりも口を動かしている」
知ったような口調で語るのは、髭もじゃで低身長のダルフォンだった。
サポーターの彼は、パーティメンバーに身体能力向上の魔法をかけたり、長旅で料理洗濯等の雑務をこなすサポート役だ。
彼は魔法の知識に長けた魔術師であり、戦闘のプロというよりは研究者に近い。
そのような彼に、レオルの貢献度を推し量るなど不可能だった。
レオルは不測の事態に対応できるよう、魔力を温存しながら戦っている。
それは防御魔法の技術が高い証拠なのだが、ダルフォンの目からすれば、派手な大技を無駄撃ちするジョゼの方が優秀に見えたのだろう。
「わかっただろ、レオル。俺達は満場一致でお前をこのパーティに不要だと判断した」
「なぜだ。俺はお前たちを守ってきただろう。魔物との戦闘のときだって……」
「調子に乗るな腰巾着がッッッ!」
ジョゼはレオルの胸倉を掴んだ。その腕は太く、容易にレオルを持ち上げた。ミチミチと服の繊維が音を鳴らす。
「魔物との戦闘ではお前が出しゃばっただけだッ! 本来なら俺一人で全員を守ることができたッ!」
ジョゼと目を合わせたレオルは悟った。
(本気でそう思っているんだな)
実際にはレオルがいなければ、パーティは二分と持たず魔物に壊滅させられただろう。
ジョゼはそれなりに優秀なメインガードだが、使える技は防御壁のみ。対するレオルの技のレパートリーは百を超える。
そのような能力差をジョゼを含め多くの人々は認めていない。
メインガードは優秀であり、サブガードは落ちこぼれという偏見のためだ。
魔物の首を持ち帰ったとき、人々はジョゼを『絶対防御』と呼んだ。
人々は誰一人として、レオルが功労者などとは考えなかった。
サブガードの評価などその程度である。
「手を離せ、ジョゼ」
共に戦ってきた仲間に、レオルは冷静に語り掛ける。
「今ならまだ水に流すつもりだ。俺を愚弄したことを謝ってくれ。そうすれば俺たちはまだ仲間でいられ……」
言い終わる前に、レオルは腹部に衝撃を感じた。
仲間だと信頼し、無防備に曝け出していた腹部を、不意打ちで殴られたのだと気付く。
「ぐっ……お前……」
「いつから俺にそんな口が利けるようになったんだ? お前は無力なサブガードだ。今この場を持って、パーティメンバーですらなくなった。もう二度と俺達の前に顔を見せるな」
レオルは投げ捨てられ、床に倒れ込んだ。
「あたしたちのこと恨まないでねー? 無能なキミが悪いんだから」
「恨むなんてとんでもありませんね。むしろ、これまで我々に甘い汁を吸わせてもらったことを感謝すべきです」
「分相応なパーティでやり直すのが小童のためでもあるだろう。背伸びしていては長生きできんぞ」
ブリエル、キエル、ダルフォンの三人が口々に別れの言葉を吐き捨てながら、部屋を出ていった。
「ああ、そうかよ」
レオルは立ち上がり、開け放たれたままの部屋の扉を見つめる。
もう彼らに未練はなかった。
(あいつらを忘れ、新たなパーティを組むのも良いだろう。
次は一線級でなくてもいい。仲間同士で認め合い、信頼し合える、そんなパーティを組もう)
レオルはそう決意して、手入れの終わった盾を鞄に仕舞った。




