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ロシアン ルーベッド  作者: 楠本 茶茶(クスモト サティ)
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第9部分 懸念(けねん)

第9部分 懸念けねん


 オレがバイトしているホテルはとにかくデカい。デカいがために、まだ行ったことのない区画があるくらいだ。

 むしろ行かせてもらえない場所というのが正しいのだろう。ホテルにとって、かけがえのないVIP(Very Important People:最重要人物)であり一つの粗相も許されないから、と立ち入ることを許されなかったのだ。


 あとで知った知識も含めて紹介してみたい。

 それはホテルの十一、十二階の部分である。これらの階はそれぞれS1階、S2階と呼ばれ、専用フロント前にある専用四機のエレベータでのみ直行できる。観察によると、そのエレベータに乗るには、何やら手をかざす動作をする。手の指紋および掌紋しょうもんのダブル照合が必要なのである。


 他の一般客は、もう一つ別にあるフロントを経由して、その他の各所に分散されている十機のエレベータを御利用いただくのだが、そちらは照合もなく、代わりに十階までしか上がれない設定になっている。同様な従業員用エレベータも二機設置されている。


 二つのフロントと専用エレベータは後付けで設置したらしく、ホテルのあちこちに改造のひずみらしき跡が遺されている。

 S階専用エレベータは実はもう2機ある。ただこれは指定された従業員専用で、これまた特別なICカードがないと扉を開けることさえできない、いわば機密エレベータとでも言いたくなるようなものなのだ。この機密エレベータの一階出口が… ちょうどあの出口のあたりにあるのだ。


 ときどき例の4機のどれかの専用エレベータから出てくる客の身形みなりは、とてつもなく贅沢ぜいたくである。そして、宿泊客のはずなのに同じ顔を何度も見かける。ホテルでS階と呼ぶのは、もしかしてStay(滞在)かSpecial(特別)の意味かなと思っているが、もちろん正式な説明を受けたことはない。


 下から見上げて数えた窓から推定して、部屋の数はおよそ百。食堂もコンビニも大きな風呂も映画館にスポーツジムまでもS階で独立して保有しているようだ。平均3人1組で住んでいるとすると、約300名ということになる。いったん気になると、気になって仕方がなくなる。


 ホテルの中では、客の通路もエレベータもサービススタッフもすべてが専用、別扱いであり、我らバイトがS階客を扱うことはない。聞いてみれば良いのだが、非常に聞きづらい雰囲気でもある。オレの好奇心は日ごとに膨らんでいった。


「どんな人々がどんな生活をしてるんだろう?」


 もう一つ不思議なことがある。それはオレたちの普通のフロントの横に、お稲荷さんと招き猫が一緒にまつられた神社のようなものがあることだ。


 オレたちは「拝め」と言われたことはないから特に何もしないけど、オレが遅番、つまり真夜中の担当をする日には必ず、マネージャかサブマネージャの誰か一人がやってきて、必ずお賽銭さいせんを上げ、手を合わせて何かを祈るのだ。決まったヒトが毎日来るなら、きっと信心深いのだろうと思う。しかし異なる人が毎回一人ずつというのは、何かの意図いとを感じてしまう。


 さりげなく気を付けていると、さらに妙なことに気付いた。お賽銭なのに、コインの音がしないのだ。コロコロチャリンというジャリセンの重い音ではなく、カサカサカパッという…プラステチックみたいな軽い音がしているではないか!


 そしてあるときついに… マネージャがそれをうっかり落としてしまったのを目の端で捉えた。

それはおそらくはSDカードのようなものだった。なんでそんなものを上げて拝むんだろう?


 ふと我に帰ったときにS階専用エレベータの扉が開いた。間仕切りは有るが、こちらのフロントから見えなくはないのだ。オレは習慣で目を伏せて会釈をした。

 チラッと見上げたとき、レナの姿を見つけて驚いた。レナは隣の男性と語るのに夢中で、オレには気付かなかったようだ。オレはホテルの制服と帽子を被り、目を伏せていたからだろう。


 ただひとつ気に入らなかったのは、レナの隣に居た男は間違いなくセムハム系外国人の顔で、少しもレナには似ていなかったことだ。年齢は父くらいだが、家族ではない…とすると一体誰だろう? レナ母の再婚の相手かもしれないが、調べる術もなかった。


 よし、今度は思い切って、御主人様の目をかいくぐってそっと手紙を渡してみよう。そうだ、インスタグラムのアカウントを伝えてみればいいんだ。居場所がわかった以上、もう御主人様は必要ないし。ホントはいけないことだけどさ… オレは密かに決心を固めた。


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