第5部分 控除率(こうじょりつ)
第5部分 控除率
はじめのうちはずいぶん厳格に実施されたルールも、時が経つに連れて馴()なれ合っている部分が目立ってきた。
以前は食料、ゴミ、宅配便の荷物やホテルのリネンなどにも厳しい目がむけられていたというが、今はお互いが顔見知りになり、甘えが出たり事なかれ主義だったり、もしかして手心、はっきり言うと贈賄・収賄の賄賂関係にあるのではないかと疑いたくなるケースを見掛けたりする。
オレも… あるとき、カジノ関係者のおっさんとIR内部の警官が、区域外で一緒に飯を食ってたのを見たことがある。親戚とか先輩後輩とか、同級生の子ども親とかいう間柄なのかも知れないけど、決して褒められたことではないのは確かだと思う。
そういうオレも、IRの外だけでなく中でも働いている。ゲートのおっさんとも顔見知りになり、だんだん入場も顔パスに近くなってきた。まあ、いいさ、利用する側にとって悪いことじゃない。
あの金持ちお坊ちゃまの家のバイトは、ときどき名指しで、最近では直接オレのスマホにオファーが入るようになったし、時給の良さに釣られる形でしばしば行くようになっている。
なぜオレが気に入られたのかはわからない。オレも当初の腹立ちは忘れ、平静でいられるようになってきた。きっと人間的に成長したに違い… あるか。仕事は毎回同じではないけれど、時には女の子と話せることもあった、あくまでも控えめに、若い御主人を立てて。
そうしておけば、御主人は御機嫌だったし、あとで「心付け」が出たこともあった。
よく招かれる女子の名前も分ってきた。
百目鬼レナ
九十九ミナ
石動ヒナ
である。
なんか珍名さんばっかりだわね、とみんなで談笑して仲良くなれた。ちなみに御主人様の苗字は八月一日、オレは月見里で、よくぞこれだけ揃ったもんだと感心してしまう。
女の子三人は近くの大学の経済学部2年生で、御主人のお気に入りはヒナである。レナとミナは御主人とヒナが話しているときのお互いの話し相手のように見えた。ただし、御主人様と連絡先を交換しているのはミナだけのようだが、お互いがどういう関係かは不明だ。
オレと一番話が合うのがレナで、外見も趣味も共通点が多そうだった。しかし…こちらから手を出すワケにはいかなかった。オレは眼だけでアピールしながら、気長にレナの反応を待ち、いつかアプローチできる機会を狙っていた。
今のオレには… 両親は居るけど、どちらも遺伝的な意味での親ではない。
遺伝的な母とは生後間もなく死別し、父の連れ子として現在の母に出会い、その父が病死した後に継母が再婚したからである。そういう意味でオレは孤独だったし、その代わり早くからアルバイトに励んで経済的には独立していた。会社などに勤めるのが良かったのかも知れないが、平凡で平穏な毎日をオレ自身が嫌ったのだ。
近頃のオレの定期的な収入源は、IRの内部にある巨大宿泊施設…つまりホテルのアルバイトである。このホテルは実に大きくて、客室数が九百八十八だったかな、千に近いのは確かだ。こんな巨大なとこ、部屋が埋まらなくて絶対赤字だろう、と思ったのが浅はかで、実態も本当にみっちりと埋まっていたのだ。カジノの集客力ってすごいんだよ、ほんと。
オレは自分で言うのも難だが、気が利くし手間を惜しまないし、このバイトに慣れてきたこともあり、便利屋的にいろいろな業務を担当に回されることが多かった。おかげで荷物持ちのボーイから、駐車整理、フロント、ルームサービス、シーツや掛布のリネン交換など言われたものは何でもやったし、それなりに要領よく仕事を完遂できた。
まだ経験していないのはシェフとマネージャくらいのものではないだろうか。さすがにこれは無理かな。いつもは外食メインで、時には弁当やお惣菜を買ってきて家で食べたりする生活だから。実はまだ鍋やフライパン持ってちゃんと料理したこと無いんだわ、へへ。だからそのうち無理やりにでもやらせてもらいたい気もするんだ。
カジノにヒトが群がる理由… それは一言で言うとカネが集まるからだ。バカラとルーレットは軽く説明したけど、それぞれがいちいちルールが異なるので、ここでは公営ギャンブルの典型である宝くじを例にとって、荒っぽく説明してみよう。
近頃の宝くじは、1ユニット全体販売の枚数が2000万枚、1枚の販売価格が300円だから、完売したときの売り上げが
2000万枚 × 300円 = 60億円となる。
このうちの当籤(当選)金額は、一等1枚7億円…、一等の前後賞2枚が3億円…。これらを合わせてざっと27億円程度になる。
100×27億/60億 = 約45(%)、これを還元率と言い、客の分け前に相当する金額になる。
別のコトバで言い換えると、300円の宝くじは、買った瞬間に平均
300×45/100 = 135(円)
程度の価値になるということだ。ただし、ジャンボ宝くじの種類によっては、ここにない種類の賞金が付く場合がある。しかし宝くじ全体の還元率は50(%)以下と決められていることに変わりはなく… というか、変えてはならない規定になっている。
さらに別のコトバで言い換えてみよう。
300円のうちの45%の135円は、あなたの手元に戻る「かもしれない賞金」の平均値、
残る55%の165円は、胴元の「みずほ銀行」に控除ているカネということになる。
ただしみずほ銀行さんも、丸儲けというワケではない。60億円を100%として、
還元率45%が賞金になり、55%がとりあえず手元に残るカネである。
14%程度(約8.4億円)が印刷経費や手数料などの経費として使われ、
38%程度(約22.8億円)が公共事業、
1.2%程度(約7200万円)が社会貢献広報費(例えばレントゲン車等)
として使われているという。
こうしてみると公共事業38%がずっしり重いのがわかるだろう。
つまり自治体にとっては濡れ手に粟どころか、ほぼ「摑み取り」状態の旨味ある事業なであることは間違いない。
さて、これらを必要経費と見なすと、みずほ銀行さんの利益は
55 ― 14 ― 38 ―1.2 = 1.8% 程度になってしまう。
わぁ、気の毒に、などと言うなかれ。一ユニットあたり
60億円 × 1.8/100 = 1億800万円もの利益が出るのである。
実際にはこれが24ユニット分も売れるのだから
1億800万円 × 24 ≒ 26億円
にもなるビッグプロジェクトなのだ。もう、笑いがとまりまへんなぁ…
もっとも、購入している皆様はこういうことにはあまり関心がないように見える…オレも含めて、ね。
ちなみに、書類上の還元率と控除率を並べてみると、以下のようになる。
購入者への還元率 控除率
宝くじ 45.7% 54.3% みずほ銀行調べ
サッカーくじ 49.6% 50.4% (財)日本スポーツ振興センター決算
競艇 74.8% 25.2% 施行者協議会調べ
競輪 75.0% 25.0% 施行者協議会調べ
オートレース 74.8% 25.2% 施行者協議会調べ
競馬 74.1% 25.9% 施行者協議会調べ
まあ、なんと言うか、その…
宝くじを含めてギャンブルの投資するときには、
『このカネがみなさまの役に立つんだ、嬉しいな』
くらいのおおらかな気持ちで購入していただきたいものである。
特に宝くじとサッカーくじの還元率の低さは際立っている。もちろん「売れる」からだろうな…
それはともかく、ここで言いたい事は…
賭博というものは、客がいる限り胴元は必ず儲かって損はしないシステムなのだ、ということである。