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ロシアン ルーベッド  作者: 楠本 茶茶(クスモト サティ)
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第16部分 犠牲

第16部分 犠牲


 それから一月ほど経ったころだろうか。

ある夜… レナからインスタのDMが届いた。この日オレは家に居た。もうじき寝るところだった。


『ねえタクたいへんなの』

「なんだなんだ?」

『みながしぬことになった』


「どしたん… 死ぬって? 自殺予告でも」

『ちがう でも』

「おちうつけ、まず」


オレが焦っていた。


『ミナがのえらばられてね』

「だから落ち着いて。レナが選ばれれて死ぬの?」

『あ、でもこれ もういい』

「オレ良くない、どうしたの」


『ここS階だから。言えないの』

「どゆこと」

しばらく返信がなかった。


『レナ見てくるぬ』

様子を見て来るということだろうか?

「お願い、オルの分も」

ああ、オレの分だった。


 沈黙が続いた。


 長い永い沈黙の時間だった。

こんなとき、さすがに寝てしまうワケにはいかないではないか。


 2時間ほどしてレナから一報が届いた。

『死んだよ。でもお願い黙っててね。タクも祈って…好きよ』

「ありがと、一緒に祈ろう… 好きだよレナ。おやすみね」


 既読は付いたが、返信はついに来なかった。

だからといって他にどんな返信の仕方があっただろうか。


 きっと泣いているんだろな、と思った。


 疑問は次から次へと湧いて尽きることがなかったが、オレにも明日がある。2倍量の睡眠導入剤を飲んで布団に入るしかなかった。


 これは悪夢だ、単なる悪夢… 無理やり自分を納得させて目をつぶった。


 そうか…死体だ、しかばねだ。


 ホテルはヒトの生活の場の一部を担っている。だから食べる、寝る、生殖するという行動を支える機能も持っている。会食場やルームサービスで食べ、ベッドで眠り、部屋の床や椅子の上やバスルームやトイレの中やベッドの上で性行為もする。


 ホテルでヒトが死を迎えることは怪しむことではない。酵素による連続する化学反応が途切れたときには、必ず死が訪れるからだ。ホテルはどの部屋でヒトが亡くなったかを明かすことはない。それはそのホテルの悪いイメージに直結するからだ。正直ホテルはバカを見るのだ。それはそれで良しとしよう。


 ただ… もしヒトの死が頻繁ひんぱんに起きていたとしたらどうだろうか。あのホテルは良く死ぬようだ、などとウワサが立てば、たちまち経営危機に見舞われるだろう。だからそれを絶対に隠すはずだ。しかし医者を招き、その医者が「死亡診断書または死体検案書」に記入する必要もあるはずだ。さもなければ、死亡届を提出することすらできない。


 では変死はどうだろう。事故死や変死の場合は最寄り警察署に連絡し、警察が死因究明のための検死を行うことになっている。その後警察の監察かんさつ医が死体検案書を発行するのである。つまりヒトが死んだことを胡麻化すことなど、普通はできはしない。隠すなら建築中のビルの基礎の中に人柱ひとばしらのように埋め込むとか、熱いアスファルトに混ぜ焼いてしまう手口なんて物騒な話もときどき聞いた、けど…


 では…普通ではなければ「できる」のだろうか?

 ホテル側の心情としては、できれば警察にも「変死」は告げたくない。ナイショで死体検案書をでっちあげてくれる医者が居れば、最も都合が良いのではないか?


 医者を買収し、念のために警察を買収したらできなくはないように思う。そして警察や医者が、もしも一度でも買収に応じたら… 今度はそれが警察や医者の弱みになるじゃないか。今度はその弱みに付け込み、

『おれたちはグルなんだよ、一蓮托生なのさ』とうそぶいてみせてからカネを握らせればどうだろう。

 それでも抵抗できる人間がどれだけいるだろうか?


 そうか、もうミナは誰にも邪魔な存在だったから処分されたんだ。親が持て余し、周囲が持て余し、本人は回復もしないでイライラしてる。アタシ、もう逝こうかな、と。


 でも普通それは固く秘されるはずなのに、なぜそれをレナが知ってたんだろうか?


 あ、それにS階で死んだというか殺されたなら、ミナの亡骸なきがらはどうなる? もし かして、もしかして、あの通路から?半分寝かかっていた意識が、急に覚めてきた。


 …だとすると… 


 おれは急いで着替えた。夏だし、二分で支度できた。向かうのはもちろん、あの金持ち坊ちゃんちの裏口である。家を出かかったところで戻って着替え直した。今夜の服装は濃い灰色の長袖長ズボンが良い。闇の中では、真黒まっくろは意外にも目立ちやすい色なのである。


 いったい誰のため? 何のため? 結果がどうあれ、オレにメリットはなかった。逆にデメリットはたくさんあった。もしホテルの悪事を目撃すれば、バイトは首になり、収入は激減する。下手すりゃこの近辺に住めなくなるし、もしかしたら暗殺されるかもしれない。もしも、もしも本当のことを知ることができても、まさか周りに言うワケにもいかないではないか。すべてオレの思い込みに近いものばかりで、確実な物証など一つもありはしない。


 もうひとつの懸念けねんは、レナが「何か」を知っていることだった。それがわからない限り、うかつに話すことはできないではないか。そして軽部の話だけではまらない部分… まだ何かがある。


 だけど… 行く気持ちを抑えることはできなかった。オレはバカだ、実にバカだ。どうせ見たって袋だけで、ミナなんて髪の毛一本見えはしないだろう。


 金持ち坊ちゃんちの裏口はほどほどに乾いていた。今夜だけは絶対に見つかるワケにはいかない。立って見張ることはできないから、電柱の影に伏せて待つのだ。今夜はイヌの落とし物がありませんように。見つかったら…最悪気を失って倒れて居るフリかな。あの場所から逃げるとしたら、敵前中央突破をしよう。いつ何があっても慌てないように、初めから伏せて待つつもりだった。


 幸い御イヌ様のかりんとう…というか、落とし物はなかった。待つほどに、冷静になってきた。レナが『死んだよ』と言ってから、かれこれ二時間は経っている。仮に死体があったとしても、とっくに片付け終わったのではなかろうか。いや、死後硬直が解けるまで待つkm…そして仮にもヒトの死体だから、いややっp… もっとちゃんとした出口から出すのdh… 


……


 え、ここは? 不意に目が覚めた。急にまぶしい光が…これはヘッドライトだ。

とすると、レナ… いやミナの身体をあの車に? 一気に心拍がね上がった。


 まぶしくてよく見えない。でもハッチバックを開け、後ろの空間に何かを運び入れたのは見えた。


 オレの身体は、ちょうど電柱の影に入り込んでいて、相手からは見えなかったようだ。彼らはてきぱきと動いていて、慌てたところはない。やがてクルマのドアが閉まり、ゆっくりと走り出して右折しかかっていた。さあ、あのクルマは…


 やはり、あの霊柩車れいきゅうしゃっぽいアレだった。アレは…ああ、見たくないものを見てしまった。まだ鼓動が激しく波打っていた。


 オレはあと七分伏せたままで待ち、それからゆっくりと立ち上がった。いやこのころには実際のところ、身体は眠くて仕方がなかったのだ。しかし脳だけは奇妙に冴えわたっていた。だから…本当は死体のはずなのに、なぜ棺桶かんおけを使わないのかも見当がついた。あのエレベータでは、棺桶横置きでは入らないのだ。かと言って縦置きはまずい。だから霊柩車までは袋がシートかを使うんだ。


 今工事中の門が完成すれば、霊柩車は門の中で誰にも見咎みとがめられずに作業できる。え、そしたらやりたい放題じゃん、


 軽部はトランクとも言ってたけど、いろいろ試してるのかも知れないな。


 オレさっき不覚にも眠り込んでしまった…敵前で危なかった。そういえば睡眠導入みん剤を二錠も飲んでたからなぁ…


 帰り途、とても足が重かった。レナに何て説明しようか、それとも黙っていようか。


 とにかくまず一度きちんと寝ることが必要だと思った。



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