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ロシアン ルーベッド  作者: 楠本 茶茶(クスモト サティ)
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第15部分 依存症

第15部分 依存症


 オレは危ない薬物ヤクはやらないし、やる気もない。


 しかし…困ったことに、誰もが脳内に麻薬様物質を作る能力があり、しばしば分泌もされている。ここではそれを「脳内麻薬」と呼ぶことにしよう。


 恋愛をすると「フェニルエチルアミン」という脳内麻薬が分泌され、トキメキ感を感じるらしい。また楽しいとき、められたり達成感をかんじたとき、意欲的なとき、恋愛や性的刺激で興奮しているとき等には「ドーパミン」という《快楽》を司る「脳内麻薬」(正しくは神経伝達物質)が分泌されるという。


 快感を得るのは良いとして、その衝動が行き過ぎると「依存症」になり、場合によっては本物の麻薬に手を染めるきっかけにもなるという。こういった物質は、脳内の受容体に結合して作用するものだが、麻薬も同じ受容体に結合する性質を持つのである。


 もうひとつ、あまり目立たないが心や体の様々なバランスを保つ役割を担い、睡眠にも関わる「セロトニン」という物質がある。これが不足すると情緒じょうちょ不安定になったり、疲労や不眠など体にも変調が起きるという。女性の方が分泌量が少なめで、不安感を感じやすいらしい。たしかにメンヘラちゃんや分離不安などの症状は女性に多い気もする。オレは医者ではないし、あくまでも自分の周囲だけの話だが…


 なぜそんなことを書くのか。

それはいま、オレも「レナ依存症」にかかっているからだった。


 なにをするにも、まずレナのことを思い浮かべてしまうのだ。同じ建物の中にいて、半端なコミュニケーションが取れてしまう。いわゆる「生殺し」に近い状態で、自分の精神が壊れそうな毎日である。レナのやることなすこと言うことがすべて神聖に思え、自分はいかに情けない存在であるかに気付く。そして念じることは、会いたい、会いたい、会いたい、それしかない。


 I think , I’m addicted to you.


 脳内麻薬のせいとはいえ、異様に苦しくて切なくて楽しい毎日なのだ。いまレナにフラれたら、狂うのではないだろうか。どぼどぼ垂れ流しだったドーパミンが、フラれた瞬間


『……』


 沈黙するなんて!




 あああ、絶対狂う。絶対死ぬ。だめだ、そんなこと考えるんじゃない。レナを信じるんだ!


 夜のヒマなフロント業務にはちょうど良かったかも知れない。レナとSNSで話し、彼女が寝たあとにレナのことを考えていると、一晩などあっと言う間に過ぎていくからだ。


 同じようなことをレナもインスタのビデオ通話の中で語っていた。

『こんなにひとりの人のことばかりを考えたことがないの、もう発狂しそう』

だって…。


『アタシをさらって、全部攫ってほしいの』

うふふ、オレってシアワセだなぁ…


 オレも言い返す。

「オレの方がレナのことを思ってるんだよ。レナ、レナを攫って抱き締めたい。ぎゅって抱いてしまいたい。絶対キスしちゃうけど、黙ってオレに攫われてね」


『いいよ、タクにならみんなあげる。アタシのクチビルがほしいの? いいよ、アゲル、全部もらってほしいの。そのかわりクチビルだけじゃイヤ。全部、全部だよ』


「あたりまえだろ、レナの白い肌は全部オレのもの。オレは全部レナのもの。レナの体中をキスの雨でぐしょぐしょに濡らしちゃうからね、覚悟しといてよ、レナ…」


 かなわぬ思いをDMに託して、会話は延々と続くことがあった。ときどき二人は深刻な睡眠不足にみまわれていた。


 一方ミナは、最初思ったよりもっと別の、ずっと深刻な依存症におちいっていたらしい。こちらはもちろん「麻薬ヤクの依存症」である。


 このホテルでもその気になれば、というかカネ次第で薬物は手に入るようだが、ミナはむしろ逆の事情でここに来たのだ、とレナが教えてくれた。つまりミナは人一倍ヤクを欲しがり、依存症もヒドイのだという。


 あのまま街に住ませておくと、必ず逮捕されることになる。そこで伝手つてを頼り、このホテルにやってきたというのだ。たしかにホテル十階でリネンを片付けたりしていると、ミナの声らしい叫びが聞こえることがあったし、S階でもだいぶ迷惑している、困った住人のようだった。


 要するにここはヤク抜きの保養所代わりなんだね… ちょっと前にヤクを疑われ、こそこそと海外に逃げていた芸能人を思い出してレナとふたりで笑い合った…インスタの中でだけど…


 それにしても…ミナの依存症はなかなか軽快する様子が見られなかった。



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