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ロシアン ルーベッド  作者: 楠本 茶茶(クスモト サティ)
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第14部分 中毒

第14部分 中毒


 そこにミナが居た。


 居たけどなんか風貌が変わってる。妙に痩せてイライラしてる。オレを見ても会釈もしない。目がイッチャッてるとしか表現できない。ミナの顔の名残りはあるけど、中身はもうミナじゃない。二十秒でオレは確信した。


 そっか、それで、ね


 レナがちょっと冷たい態度だった理由がわかった気がした。大麻かモヒ(モルヒネ)かヘロインか。新しい彼氏は「キメル」タイプだったのだろうか。まだ捕まっていないようだけど、オレに見破られるようじゃ逮捕も近い。つくづく運が無いオンナだな、ミナ。


 それにミナ、お前妊娠してるんじゃないのか?


 コカインにMDMA、ドラッグにいたるまで、その気になればこの近辺で手に入らないものはない、と言われている。先日はすぐ横の港で、サカナの代わりに覚醒剤を満載した漁船が捕まった。その少し前にはクレーンのアームに三百十五kgのコカインを隠した重機が摘発された。


 オレはこの手の薬物はやらない。オレは日本と日本人と日本の文化が好きだから、いわば精神的鎖国派。本当は日本人だけで暮らしていたいくらいだ。オレが麻薬をやると、オレや家族の富が減るかわりに売人の売上が増える。その売り上げは非合法組織を太らせ、強力に変えていく。さらにめぐり巡って、どこかの何とか大統領とか蛇頭スネークヘッドとかマフィアとか将軍様とかを太らせ、喜ばせていく集金マシーンになっているのだ。


 オレは別にクスリのついて詳しいワケではないが、ヤッテル仲間に聞いたり調べたりしたことをかいてみよう。ミナはシンナーとかの有機溶剤系ではないと後で聞いたので、そっち系ははずしておくことにする。


 まずは入門用みたいな扱いの大麻から… 国や地域によっては合法だったりするので、あんまりディスるワケにはいかないぞ。


 大麻はマリファナとも呼ばれ、場所によっては自生している大麻草そのものであるため、単に「草」と呼ばれることもある。茎からは丈夫な繊維が採取できるが、THC:テトラヒドロカンナビノールという有害な成分を含むために大麻取締法で厳しく規制されており、無許可の栽培や単純所持だけでも厳しい罰が待っている。

 THCは脳神経の連絡を阻害し、幻覚、記憶障害、知覚の変化などを引き起こすとされている。喫煙、水タバコ、パイプ、クッキー(食品に混入したエディブル)などでTHCを摂取すると、心拍数の増加、目の充血、渇き、吐き気などの身体症状が現れる。また精神症状として、知覚の変化や情緒じょうちょの変化が起こり、幻覚、妄想、病的な高笑い、意欲喪失などの異常行動が起きるという。


 アヘン、モルヒネ、ヘロインのルーツは同じ「芥子けし」という植物である。無害な品種は別として、日本では栽培が禁止されている「ケシ」の未熟な実に傷をつけ、採取される果汁を乾燥させたものがアヘンである。有効成分はまとめてオピエートと呼ばれ、鎮痛ちんつう陶酔とうすいといった作用がある。


 アヘンといえば… 世界史に名高く、日本の明治維新にも影響を与えた… というより、明治維新の原動力にもなった「アヘン戦争」で有名な麻薬である。今では考えられないが、大英帝国イギリスが貿易の対価として清国(現在の中国)に支払おうとしたのを、清国が拒否して悪名高きこの戦争が始まった…という。そりゃ拒否するのも当たり前だわな…


 アヘンの産地として現代で有名なのがラオス・タイ・ミャンマーにまたがる「黄金ゴールデン三角地帯トライアングル」、およびアフガニスタン・パキスタン・イランにまたがる「黄金ゴールデン三日月地帯クレッセント」である。


 有効成分の純度を高めたものは「モルヒネ」、さらに化学的処理を加えて効き目を強烈にしたものが「ヘロイン」とされている。したがって効き目も値段もこの順に高くなるという。いずれも中枢神経系を抑制させる作用を持つが、薬物が切れたときの禁断症状がひどく、腹痛や下痢を起こしたり、涙や鼻水が出たりするらしい。この手のオクスリは、「ダウン系」と呼ばれるのだそうだ。


 逆に覚せい剤やコカインは、中枢神経系を興奮させる作用(アップ系)の薬物だという。心拍や血圧を上げ、瞳孔どうこうを開かせたりと、交感神経が興奮したいわばケンカ直前の状態を引き起こす。使用を続けると、強い不安感に襲われ、猜疑さいぎ心や被害妄想ひがいもうそう傾向が強くなり幻視、幻聴などの症状が出てくるのだという。


 普通の人ならどちらも「やってみよう」という気分にはなれないだろうが、オレは一度だけならやってみたい。でも立ち直れない自信もあるからなぁ… キメテル人の中にはダウン系とアップ系を両方一度に摂取する猛者もさもいるらしい。そのまま現世から離脱する方もいるらしいが、本人はむしろシアワセかも知れない。周りの人はともかくとして…


 もうあれじゃミナは救えない。ここに入っても同じさ、と半ば投げヤリに考えていた。ただしバイトの身にとって、ミナはシャブ中であろうとなかろうと御客様である。ミナのツレは、もうじき三十歳かと思えるやせ型の男とその父母らしき人物だった。身形みなり贅沢ぜいたくで、ゴテゴテの腕時計に趣味の悪さが表れている。


「いらっしゃいませ」 とオレは迎えた。

どうやらミナの御一行様は、誤ってこちらのフロントに来てしまったようだ。


『いらっしゃいませ』

少々慌ててチーフがS階のフロントから出て、近づいてきた。


『あ、樫原かしはら様から御紹介があった、九十九つくもですね、こちらへどうぞ』 


 歩きかけてから、

『タクは次の御客様を』

と短い指示を残して、ミナの一行を応接室へと案内していった。



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