エディプスコンプレックス
大学4年生になったタケシは、母の再婚相手が急死し、家族として葬儀のために京都の小さい寺に来ていた。
再婚して40歳で子供を産んだ母はいつもは若く見えるがひどく疲れていて、ちょろちょろと動きまわる幼児は誰か知らない女性に世話をされている。
そもそもタケシは、自分が高校生の時に再婚した母の相手については歯科の開業医ということしか知らなかったのだが、ここで会った叔母の話によれば母との再婚当時すでに60歳近い年齢で、バツ2で、3人の子供の養育費がようやく半年前に終わったがもともと医院を継ぐ者もなかったので閉院を予定していたところ、子どもが産まれたので医院を改築して新しい高額な医療機材を揃え代理院長にする勤務医を探していた矢先だったという。
急な院長死亡で医院は閉院となり、裕福な暮らしのために繰り返していた借金と医院建築資金の借入れ金を生命保険でなんとか完済し、
結局母に残ったのはメンテナンスが必要な古い家と土地だけになったので生活費のあては無いのだということだった。
この寺に着くまで、京都では時節柄あちこちに祇園祭の広告が出ていたが、今年も感染症対策のため祭は関係者だけの小さい地味な開催に留められていた。
日本三大祭の京都祇園祭では冊子表紙やポスターによく「稚児」が写っている。ベルダーシュ、つまり「男色相手の少年」を意味するフランス語の訳として「稚児」が普通に記されているが、なぜ祭りの鉾に着飾って乗っているのだろうか、とタケシには気になった。
自分とろくに会わないままあっという間に義理の父が消えてしまったことで、今、荘厳な儀式の中にいる空気感は多くの無宗教日本人の一人であるタケシにも神や仏に近くなる雰囲気を醸しだしている。
タケシはふとフランスの哲学者ルネ・デカルトの唱えた言葉を思い出した。
『この世界には、肉体や物質といった物理的実体とは別に、魂や霊魂、自我や精神などの心的実体があり、それに伴い身体が相互作用する』
『心身において身体と心が本質的に異なる実体が、あるのだ』と。
生きているものはみな、必ず終わって、消えてしまうのだ、と感じながらキラキラと金色の装飾品が輝くのをぼんやり眺めていると、なぜか急にサクラの顔が浮かんできた。
この春から、タケシは卒業した先輩のサクラと一緒に暮らしている。
彼女は大学内で一番仲が良く一緒にいて気楽で楽しいが恋人ではないし関係したことも無いが、だらしない不潔な男とルームシェアするより清潔で規則正しく金銭管理もきちんとしていて、しかもプライバシー不可侵な理想的な暮らしを保てる相手だ。
臨床心理士になったサクラは「カルペ·ディエム」をもつ精神科クリニック所属の運営スタッフとして週4回勤務しているが、彼女のような不安定に見える働き方はこれからの日本社会では普通になるのかもしれない。
最近45歳定年制になった日本では、能力もやる気も無い老人たちが65歳まで居すわって組織を疲弊させてきたことから社会のあらゆるところに歪みが残っているのだが、昭和や平成の‘あたり前’を意地悪されずに無視して崩せる自由も手に入っていると言える。
サクラは、同居しているタケシがこれまで知る限り男性を恋人として付き合う気配がまるで感じられないが密かに同性の恋人がいるのだろうか…。
タケシが以前聞いたのは、サクラの卒論が『既存の性別』に関する何かだということを思い出したが。
心の性を決定づけるのは環境によるものなのか。それとも男性ホルモンと女性ホルモンか、性染色体X型とY型なのか。
歴史の中でキリスト教は不自然な反生殖的である性行動を罪深いものとして長年断じてきたためか、西欧では最近まで同性愛について議論されたり研究されたりすることがほとんどなかった。
生物学的視点から見れば、多くの生物の性も性交の対象も雄と雌のみに見えるが、自然界においては、ほ乳類、鳥類、爬虫類、昆虫など1500近い種で動物の同性愛が広く見られ観察されているという。
人類においても同性愛の歴史は古く、石器時代には洞窟に描かれた絵画にも見られるし、文字が発明された古代メソポタミア、古代エジプト文明以降、数多くの記録も残されていて、古代エジプトでは紀元前25世紀から紀元前24世紀、エジプト第5王朝時代にカーヌムホテップとニアンカーカーヌムの2人の男性同士が恋人関係にある密接な描写が絵画やヒエログリフに伝えられている。
日本では、有名な信長の蘭丸だけでなく、幼い男子である「稚児」の存在も言わずもがなだ。
そのうち歴史となる中に、生きているだけで奇跡なのだ。
女だけが産む、異性の親から産まれる、これも、当然男の心理に大きな影響を与えるのだと、心理学を学ぶタケシは思っている。
伽羅の薫りが静かに揺蕩うなか、
そういえば、自分が幼い頃、何かと大声でどなり散らして気が済むまで殴ってきた、母に気を遣うことも無かったDNA血縁のある父親は今、どこでどうしているのだろう?と、タケシの脳裏をよぎった。