ベルダーシュ
タケシは朝目覚めて、何かの夢を見ていたようなのに何も思い出せないことがあって、そんな時はなぜか母と2人きりで暮らしていた小学生の自分の、どこか日々追い込まれているのに気づかないように生きるという不安な気持ちが全身の血管を流れ廻るように戻ってきてしまう。
そんな時は落ち着くために鞄につけた御守りを確認するという癖がついてしまっているのに、その御守りをくれた女の子の名前も顔も覚えてない。
大学では、週に2回しか道場が使えないということでバイトもあるタケシは弓道サークルにはたまにしか顔を出せないが、3年生のサクラとはキャンパスで会うとそのままカフェに行ったりサクラの部屋で夕食をつくってもらったりするほど結構気が合って、仲良くなっていた。
大学の1年や2年は入学試験対策で勉強したことのおさらいみたいなことばかりなので試験もレポートも簡単に済ませられ、学生には皆かなり自由な時間が与えられることがタケシにも実感できてきて、これまでの自分のことを含めてゆっくりと生まれてきた意味について考えてしまう。
中堅私立女子大の法学部を出た母は、大学中退で人材派遣会社を経営していたタケシの父と離婚してからはタケシの小学校受験勉強からずっと年間勉強スケジュールを進学塾に合わせて管理することを生活の最優先にして全力で自分を育てていた。
それでも、バツイチの歯科医師を紹介されてから母はタケシのことには時間を取らなくなり、いよいよ再婚して妊娠すると明らかに高校生のタケシには無関心になったように見えた。
タケシは、2人家庭の頃の母が笑顔など忘れたままいつも忙しくイライラしながら必死に勉強を管理してくれていたのは自分のためではなく別れた父との戦闘用の駒を強くするためだったからだと理解した。
受験対策問題は、やり方を学んで繰り返し向き合えば必ず解けるし、語学や社会は覚えれば良い。時間をかければかける程分かりやすく点数が上がりきちんと報われる。
異性との付き合いや結婚は、偶然出会った相手次第でもあるし、そもそも異性の感じ方や習性など19歳になって有紀と関係をした後でもちっともわからない。
これから大学、就職、結婚、子育て、リタイア、老後…死亡。こんな風に一度きりの生命の使い方を決められている一般的な民の人生なんて自分は嫌なのだと思う。
昨日、図書館で手にした本にしっくりきたものがあった。
ずっと昔の時代にはトラブルが起きたときの相談や交渉を行い、宗教儀式の司祭役や予言、占い、病気の治療に務めたベルダーシュがいたというものだ。
ベルダーシュは、人の作る集団組織の中で重要な決定を下すような高い地位にあり、周囲から尊敬を受けていたというが、いまで言うならばLGBTの人たちだ。
昔はそもそもベルダーシュを男性にも女性にも属さない第三の性ととらえ、彼らは超自然的な力によって神の意思から生じた特別人種なのだと考えられたそうで、女に憧れも興味も夢も無い今のタケシにとって最も興味を惹かれる対象だった。
現実としては、有紀やマキやヒカリ、バイト先の女性客達とは違う、女特有のフェロモンを微塵も出さないサクラとは一緒にいても不安になることもなく関係したいとも焦らない自然でラクで楽しいこれは、男が女を恋するのとは違うのでは無いのだろうか…。