憂い無しは幸せ
マキやヒカリに誘われて弓道サークルに入ったタケシは大学内に弓道場があることに驚いた。
弓道サークルでは先輩学生から28メートルも先の直径30センチほどの的を矢で狙うこととその際の動作や決められた作法を覚えるということらしいのだが、
ここでは時間の流れがゆったりしていて大昔の王を守る兵隊の武器から作法中心の精神スポーツ武具に変化したことが感じられた。
サークルでは今日は床を摺り足で歩くような稽古と射法八節という、矢を射る際の八つのタイミングでの基本の動き方の説明をしてもらったのだが、
自分が当たり前のようにやっていることを知らない人に説明するのが下手な先輩からの説明はかなり分かりにくく、後でネットの解説ページを読んで全てを理解するのに要した時間の方がずっと短かった。
それにしても、弓道場での姿勢良い袴姿は誰が着ても凛々しくて格好よく、何人かいる外国人留学生の姿もジャパネスクでとても美しかった。
稽古の後には新入会歓迎の食事会があり20歳を過ぎている学生は酒を飲んでいて、タケシのすぐ隣に座ったゴールドアッシュ系の髪色をしたショートヘアの3年生サクラも酔って少し大人びて見えた。
‘的に当てるだけよ、それだけ。それがさ、なめてかかると途端に当たらないのよね~’
’アーチェリーと違って、自分の筋肉とこ骨格ですよね‘
‘心よ、精神よ、ダメなときは出来なくて驚きよ’
’筋の疲労とか姿勢の狂いじゃないんですか、人間は機械じゃないですもんね‘
‘古文書には一晩で数千射続けたとある!’
’まさか、10時間続けたとして1時間何百回も射るなんて、6分何十回で30秒に何射?射法八節で一度射るのに5分とかかけてますよね?あり得ないし‘
‘君!タケシ君!…。’
’なんだ、酔いすぎ?‘
‘君の部屋で飲もう!’
‘寮なんで、無理ですね…’
’つまらん!‘
マキやヒカリは先に帰ったようで、タケシは酔ったサクラを家まで送っていったその夜以来、言葉や態度にもまるで憂いの無い男のような分かりやすい性格のサクラと仲良くなり、有紀とのことはすっかり忘れてしまっていた。