実在する異世界
タケシの大学構内の一番広いカフェレストランは地域に解放されていて大通りから誰もが入りやすくなっているので一般客も多くいつも混んでいるが、安いだけでなくメニューが多くて美味しいので日に一度は利用している。
部活やサークルに入っていないタケシは特に親しい友人もいないのでたいていキャンパスに居るときは1人なのだが、今日は同じ学部のマキが声をかけてくれたので2人だ。
‘あの、前回の児童心理の講義のノート、見せてもらっていいかな?’
’いいよけど、あ、添付メールでいいんだよね‘
‘うん、あの日の課題も、答え方の道すじとかも、教えてくれない?’
’いいよ‘
‘あの、私、マキといいます、君とはほとんどの講義でいっしょだよね?’
’そうだったかな、あ、タケシです‘
‘今からお昼、一緒に行ってくれませんか? 今日、いつも居る友達のヒカリが体調悪くて休んでるんで、わたし一人なの’
’いいけど‘
‘あ、ヒカリは熱が出てね、もしかするとしばらく休むかも…、なんだよね’
タケシはこれまで話をしたことが無かった女の子なので少し緊張してマキのことは背が小さくて目が大きいな、という特徴しか入ってこなかったが確かに時折見かける女の子だったのは認識できていた。
とはいえ、タケシはバイトで女性客とも話すのでランチしながらマキの話を聴いたり会話の相手をすることは苦痛ではなかったが、
ほとんど2人に共通する興味深い話題がなかったので食べ終わるとすぐにお互いそれぞれ自分のスマホに目を落としたまま次の講義の時間までの数十分を過ごすことになってしまった。
2日ほどして、ヒカリはやはり流行性ウイルス感染だったらしく2週間ほど登校しないことが判明し、いつの間にか講義を受けるタケシのすぐ隣の席にはマキが当たり前のように座る日が続いていた。
マキは二浪で歳上だとわかったが、大学では三浪くらいまでの学生もちらほら居るので特に気にしている様子はなく、初めて話した日から4日目には大学から出てわざわざバスで出かける夕食にまで2人で行くようになっていた。
マキはヒカリとは弓道サークルで仲良くなったとかで、この際だからとタケシにも熱心にサークルへの入会を勧めてくる。
中高でも部活に入ったことが無かったタケシには元々興味は無かったのだが、マキが言うには、部ではなくサークルなのでバイト優先で良いということと弓道は大学デビュー者が半数以上で運動部的なトレーニングや体育会ノリもほとんど無いということ、学内の情報や就活の情報が得やすいということでとうとう前向きに入会を検討する流れになってしまった。
マキはタケシが本当に弓道サークルに入ることになるかもしれないというのが分かって上機嫌で、次はタケシのバイトの事に興味を示しあれこれと熱心に聞いてきていた。
’そのお店は、女の子はダメなの?‘
‘バイトできるかってこと?’
’なんか、時給も良い方だし、3時間くらいなのもいーかも‘
‘聞いてみるよ、でも、あー、スタッフはみんな男だよ、客は、女ばかりかな’
’なにそれ、やらしくない?‘
‘え?’
’妙だわ‘
‘変なことは何も無いよ、薬膳酒カフェそのものだよ、酔っぱらいも居ない’
’そなの?‘
‘うん、そうだよ’
’まあね、タケシくんがやれてるってことは、フツーのお店だろうね‘
‘フツーって、なに?’
’キャバクラの男女反対?とかで無いかって、ことかな‘
‘確かに、バーテン、ぽいかな’
’ボーイズBar、てこと?‘
‘え、そうなのかな…’
’えー? マダムがお小遣いくれたり一緒にごはん食べに行ったり、する?‘
‘しないよ、無いよ、そんなの’
タケシはスッと嘘をついた自分に驚いた。
本当は、他のスタッフと一緒だったが予約が取れない高級なミシュラン掲載有名店で食事を奢ってもらったことが、何度かある。
タケシは今になって自分に問いかけることになった。
’俺のバイト先って、あの異世界みたいな「カルペ·ディエム」は、ボーイズBarなのか?‘