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闘う相手をつくらぬように生きる

タケシは久しぶりにバイトがなく有紀とも会わない日が二日続いて、

なんとなく時間をもて余すような誰とも話さない日を過ごして大学のキャンパスを一人で歩いていた。


「カルペ·ディエム」では、バイトスタッフの指導担当をしていた精神科女医の片瀬が急に他府県の大学に勤めることになったとかで皆に挨拶もしないまま去ってしまったので、まだ大学1年のタケシは接客でのトラブルを防ぐような会話の仕方や気になることについて相談をすることができなくなっていた。


有紀は、会っているときによく爪を噛んでいて、そこだけネイルが剥げるから困るわと言いながらまた噛んでいたり、

タケシと居るのに他の人と居るのかと思うほど知らない話をしてきたり変わったところがあるのでどうしても自分だけの恋人になってもらいたいと思えない。


’おーい、タケシ、元気か?‘


「カルペ·ディエム」のバイト仲間のトオルが後ろから走って近づいてきた。

ずっとバイトのシフトが重ならなかったことと学部が違うので、タケシはずいぶん長い間トオルと話をすることが無かった。


‘久しぶり!俺さ、実はバイトの事でずっと話したかったんだよ、LINEじゃなくてさ。’

’どうかしたか?‘

‘まあ、良バイトではあるんだけどさ、何か、女性客だけってことじゃなくてさ、客、微妙にオカシくね?’

’え?‘

‘両前腕にリスカの痕だらけのオネエサンとかさ、哲学語る和服美人とか何十万円もする料亭でお小遣いくれる高齢マダムとかさ…’

’お小遣いはしらないけど、確かに、世界が違う感じはするかも…‘

‘なんかさ、客とのことでタケシは困ったことない?’

’ん、今のところは無いけど…‘

‘実はさ、おれ、30歳くらいの人と関係出来ちゃってさ、20代前半に見えるんだ、でも、何か軽いのに時折ディープ過ぎてさ、でストーキングっていうのされちゃって、こないだ彼女にバレてさ、困ったよ’

’え?‘

‘あー、また、話そう、そこの話の先があるんだよ、じゃ’


トオルは誰かに手招きされてすぐに走っていった。


3日ぶりの「カルペ·ディエム」のバイトはいつも通り、店内は薄オレンジの間接照明の壁と静に流れるシャーデーに包まれて席は7割埋まっていた。


タケシの前に座ったのは初めて見る女性で、薬膳モヒートを注文してすぐにいろいろと話をしてきた。


’初めまして、この店なら一人でも行けるよって聞いてね、来るのは3回目なのよ、この一人席は初めて‘

‘ありがとうございます’

’君は若いね、大学生かな?‘

‘はい’

’一人で来るときは君と話したいな、って思ってたの‘

‘ありがとうございます’

’このモヒートはミント多いのね、それに酸っぱくて甘い…‘

‘元々の薬酒としてのモヒートレシピに近くしながらも美味しくしてあります’

’後味が良くて美味しい…‘

‘ありがとうございます’

’明後日の誕生日で30歳になるの、もう役がね、幼稚園児の子持ちの役とかで、あ、女優やってるのよ‘

‘どんな役がやりやすいんですか?’

’誰になっても違うヒトなんだもん、やりにくいよ‘

‘スミマセン…’

’演じてるときの事はね、記憶が無くなるの、思い出せない…‘

‘そんな感じなんですね’

’私は何人もいるのよ‘

‘何人もの自分が居たら、どうやって生きたらいいか分からないです…’

’同調圧力と忖度強要日本社会で民として生きるコツとおんなじよ、闘う相手をつくらぬように生きることだね‘


何だかタケシの心に引っ掛かったこの言葉の後、その教師のような女優客は5杯ほど薬酒を飲みながら機嫌よく2時間ほど話をし、誰かが迎えに来たといって帰っていった。


世界でもう5年以上ずっと続いている未知ウイルス感染症との共存社会では、安定している年金受給者とソーシャルワーカー以外は努力し続けることを止めたら飢えてしまうかもしれない。


タケシは精神科医の片瀬に聞いてみたいことができた。

’闘う相手がヒトでなく未知ウイルスの場合は、どうするのが正解だといえますか?‘












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