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1-4 カラス、娼館(の物置)で朝を迎える(下)

「……分かった。じゃあ夜が明けたら、俺とマリーが一緒に暮らせる場所がないかサラに聞いてみる」

「サラ?」

「うん、俺たちを泊めてくれた人。サバサバしててきれいな人だよ」

「ふうん、そう」

 マリーはさして関心がなさそうに言うと、ふいに目を輝かせた。

「じゃあ、決めないと」

「え……何を?」

「私たちの関係よ」

「俺たちの関係?」


 マリーは彼をじっと見つめると、口からするすると言葉を紡ぎ出した。


「カラスは私のお兄さん……叔父さんの方がいいかな、でもそんな歳じゃないよね。うん、やっぱりカラスは私のお兄さんなの。何年も前に家を飛び出して、船乗りになってずっと米国にいたの。でも仕事を失くしてロンドンに帰ってきたら、お母さんが死んで妹の私は孤児院に入れられたと聞いて迎えに来てくれたのよ。私たちは一緒に暮らすための部屋を探してるの」

 カラスはマリーの饒舌さに圧倒された。

「すごいな、マリー。よく急にそんな話が思いつけるね」

「急じゃないもん」

「え?」

「朝が来たら、今日は迎えにきてくれるかもしれない。夜になったら、明日こそ迎えにきてくれるかもしれない…………孤児院にいた時は毎日そうやって想像してたよ。ここを出て一緒に暮らそうって、ある日お兄さんが迎えにきてくれるかもしれない。そんな光景を想像したら、朝、ベッドから起き上がれたの。そうじゃないと、もうこのまま二度と目覚めない方が幸せかもって思っちゃうから」


 カラスはマリーに伸ばしかけた手をすんでのところで押し留めた。何のために離れて座ったのか、と自分に言い聞かせる。暗くて狭い物置の中で男と二人きりだなんて、あの男を思い出して怯えさせてしまうかもしれないのだから。

「……そうしよう。俺はマリーの兄さん、な」

「うん!」

 暗闇に浮かぶ目にはもう爛々(らんらん)とした輝きはなく、細められた双眸が少女らしい表情を彩っていた。カラスは暗がりの中で彼女に届くようにとぎこちなく頬をゆるめた。彼の不器用な笑顔にマリーが歯を見せて笑った。



 いつの間にか眠りこんでしまったようで、カラスが次に目を開けたのは扉から細い陽光が差しこんだ朝だった。彼の隣でバケツと古布に手を伸ばす幼い少女と目が合った。少女は鋭く叫んで体を引いたが、カラスの片手に腕をつかまれ残りの手で口を塞がれた。逃れようともがく少女に彼は慌てて声をかける。


「事情はサラに聞いてくれ!」

「……サラねえさんに?」

「うん、浮浪者じゃないから」

「…………サラねえさぁん!」

 カラスの腕から逃れると、少女の小さな背中が遠ざかっていく。

「なんか……びっくりさせて悪かったな」

「まだ小さい子だったもんね……」


 カラスが物置から顔を覗かせると、廊下の先に先程の少女を連れたサラの姿が見えた。

「サラ!」

「悪かったね、遅くなって。寝汚い客でなかなか起きてくれなくてね。ほら、あんたもそんなべそかかないの。そんなヤワじゃここでやってけないよ」

 サラは物置からバケツを取り出して、古布やブラシ、小箱をその中に威勢よく突っこむと少女の手に押し付けた。少女はちらとカラスたちを盗み見て、すぐに目を逸らして駆け出そうとした。

「ちょっと待って、口開けな」

 サラは少女の口に飴を一粒放りこんだ。少女が目を丸くしてサラを見る。その顔に笑みが広がり、痩せた腕で目元を拭うと少女はにっこりと笑って駆け出した。

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