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第7話 病魔

「…―!」


誰かが私に声をかける。


「あ、目が覚めましたかー?点滴変えますねー」

「…」


長い眠りについていたようだ。ここは病院。

あれから結仁の足取りを調べ尽くしたが分かったのは東京に行った事だけ…。

それ以外何も分からぬまま母は他界し、月日は流れ数十年、私は病魔に蝕まれている。


(身から出た錆…か…)


繰り返していた入退院も、段々と入院期間が長くなった。

妻とは入院してから一度も会っていない。


「看護師さん…」

「はーい。どうされましたかー?」


日に日に体力は落ち、身体を動かすのも声を出すのも辛くなった。


「その…引き出しの中に…」

「あ、お手紙ですね。お預かりして出しておきますね」


(私と友子を繋ぐのはもうこの手紙だけなのに…)


当時携帯もなく、固定電話にかけるわけにもいかず、私達は手紙だけでお互いの近況を語っていた。


半年に一度やり取りしていたそれも、結仁がいなくなって、友子が結仁を探しに東京へ行って私が入院して…


もう今は数えるほどしかやり取りしていない。


(携帯も今となっては思うように声も出せないし…)


友子に病気を悟られたくなくて、忙しいふりを続けている。


思うように動けない分、一通の手紙を書くのも数日かかるようになってしまった。

そして、その書いた手紙をいつしか自力で出せなくなり、こうして看護師さんに頼むようになった。


「いつも熱心に書かれてますね、ラブレターですか〜?」

「そうだよ」

「わー、かっこいいですねぇ!」


雑談を終え、看護師が病室を後にする。


友子からの返信はもちろん病院には来ない。私と友子が過ごしたアパートに届いている。きっと友子からの手紙はポストにたまっていることだろう。


(話が噛み合っているといいが…)


先程の手紙の内容を思い出す。


そして私が手紙を待ち焦がれているのは友子だけでは無い。愛しい息子、


生き別れた、私と友子を結ぶ天使…




✽✽


それから更に数年立った。なんとかこの世に蔓延ってはいるが私はもう自力で動く事も出来ない。友子への手紙も…もう出せないだろう。


生きて結仁に会うことも、友子に会うことも、もう出来ないかもしれない…


すると、ふいに人の気配がした。


「お父さん」

(…忠義か)


起きているが目を開けるのがきつい。口を開くのも億劫。

私は微動だにしない。



…結仁ともう一度会えるか…その願いは忠義だけが希望だ。


(結仁からの手紙は…?)


なんとか口を開こうとするが身体がきつい。思ったように口を動かせず、結局何も話せない。


「お父さん…私も随分と悩みましたが…今のお父さんのお姿に同情し、憐れんで…冥土の土産に差し上げたいと思っていることがございます」


私が起きていることを知ってか知らずか、忠義が話し始めた。


(冥土の土産?)


「お父さん…結仁くんは生きていましたよ」


(!!)


今…なんと…


「大きくなって…元気にしておりました…」


震えるような忠義の声を聞いて、忠義が私を思っての作り話ではない事にすぐに気がついた。


結仁は生きている…!


「…会え…な…い…か」


なんとか声を振り絞り出した。…私の望みを。


「…今はお仕事が忙しいようですよ」


詰まるように言った忠義の声を聞いて、結仁が私に会いたくないと伝えたのだと…覚った。


(仕方ないじゃないか…これも…予想していた未来だ…)


死ぬ前に生きている事が分かっただけで充分。

死ぬ前に元気でいることが分かっただけで充分。


私は結仁に地獄を与え、放置した父親なのだから…


死ぬ前に…友子と結仁に一目会いたいなど…


私はつくづく自分勝手だ。



「私の胸の内にしまって置くはずでしたが…」


私を憐れんで教えてくれた、と。

それでもいい。


それでも…


こんなに嬉しい事は無い…!


「忠…義…あ…りが…と…」


溢れ出て来る涙を堪える力など残っていない。

開けることの出来ない瞳から次から次へと涙が溢れ落ち枕を濡らす。


せめて…友子にだけは結仁を会わせてあげたいが…


「随分としおらしいお父さんになったものでございます」

「…」

「これ以上は何も伝えないつもりでしたが…」


(私を憐れんで他にも何か教えてくれるのか?)


ここで初めてこの姿になった事に感謝出来た。私が元気であれば、忠義は教えてくれなかっただろう。


「…養子先でとても大事にしてもらったそうです。今は大きい会社の経営者ですよ。誰もが知っている、上場企業でございます。その姿はとても凛々しく立派でございました」


(そうか…)


幸せに暮らしていた、良かった…本当に…良かった。


あのかわいかった結仁が凛々しいというのが全く想像出来ないが。


「なんだかんだ言っても…お祖母様も孫ですから…それなりの家を選んだのでは無いでしょうか」


養子先を決めて出したのは私の母。


「きっと…お祖母様なりの、最後の愛情表現だったのかも…しれません…」


結仁と母は孫と祖母。ちゃんと、血の繋がりがあった。


それなのに…



…結仁はなぜ数十年経った今になって忠義と繋がったのか、これまでどうしていたのか…


他にも聞きたい事は山ほどある。


そしてこの事を…早く友子に伝えたい。会いたくて会いたくて堪らないのは友子だって同じだ。



しかし…今日はもう体力を使い果たした。


私はそのまま目を開けることも口を開く事も出来ず眠りについた。

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