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第4話 不貞


――ピンポーン


「はーい!あ、教授!」

「誰かを確認せずに開けるのは不用心だよ」


友子の家に来ると屈託の無いキラキラとした笑顔で私を招き入れてくれる。今は研究室では無く友子の家で会うようになった。


(先程までの心が一瞬にして癒やされた…)


私も自然と笑顔になる。


「田舎の風習が抜けなくて…ごめんなさい…」

「君のその純真さが堪らなく好きだよ」


私は友子を抱き締めながら部屋に入る。あどけない小さな身体。背徳感とそれ以上の何かが私を堪らなくゾクゾクさせた。


「今日は休日だよ?いつも私に時間を割いててもいいの?」

「…ここには…友達がいないから…」


そう、知っていて私は敢えてこの質問をした。この子の弱みにつけこんで私で浸食する。友子の世界には俺しかいない。それが…私のがんじがらめな私生活での唯一の光だった。


私が…友子欲しさに、友子を洗脳する。


「じゃあ、私が友子を独り占め出来るね」


戯けたように友子の顔を覗き込んで伝える。


「か、からかわないで下さい…!」


顔を真っ赤にして瞳を泳がせる友子。感情と行動と表情が一致している。


「からかってなんかいないよ。ああ、なんて可愛いんだ」


私の未来はもう決まっている。どんなに足掻こうとも…。

こんなに愛しい存在を前に何の未来を説いてやる事も出来ない。


「かわいい。私の…友子」

「きょ、教授…」

「違うだろ?今は二人きりだよ。私と友子の二人だけの世界だ」

「〜〜…」

「かわいい口だな。この口から私の名前が出ると思うと益々友子が愛しくなるな」


唇に手をやり、押す。ふにふにとした感触を楽しむ。


「…た、」

「時間切れだよ…」


好きなら…この子の未来を奪ってはいけない。


それを頭の片隅で理解しながらも、

好きだから…この子の未来を奪ってしまいたい。



時が止まらないのなら…せめて…友子の全てを奪い尽くしてしまいたい。




✽✽✽



私と友子の不毛な関係も2年を迎えようとしていた


「あ、の…教授…」

「ん?何?」


屋敷にはほとんど帰る事もせずにこうして友子のアパートにいる。言葉巧みにこの純真無垢な女生徒を私のものにした。


遠慮がちに私に話しかける小さくて愛しいこの子を後ろから抱き締め、髪に顔を埋める。


「…赤ちゃんが…出来ました…」





ずっとこんな日々が続けばいい。

いつかこんな日々を終わらせなくてはならない。


頭の片隅でいつも戦っていた言葉。


俺の未来は決まっている。

友子の未来は無限にある。


「…そっか」


友子は声を震わせながら俺に事実を伝えてくれた。

お腹の中の子は私の子だ。何も疑う事が無い。


「私似かな?友子似かな?」


友子のお腹に手を滑らせてお腹を撫でる。


「私と友子の両方によく似た女の子がいいな」


自分の今だけしか考えない。


「…産んでも…良いですか…?」


小さな身体を更に小さくさせて、震える声で私に問うた。


「私と一緒に逃げようか…。私と友子とこの子と三人で三人だけの世界に行く?」

「…教授…?」

「こんなに可愛い友子を地獄に連れて行くと…罰が下されるね」

「そんな事…」

「噛み付いて、食べてしまいたいほど…友子を愛しているよ」



もう、私のすべき事は決まっている。



✽✽✽


「だ、旦那様!?」「旦那様!」


行事以外で久方振りに屋敷へとやってきた。使用人がこぞって驚き、私に声をかける。


「母と妻は?」

「お二人共外出中でございます…」


友子と駆け落ちする、いくらそうと決めても私には当主としてしなければならない事がある。これが最初で最後と決めやってきたが肝心の二人は留守。


気持ちばかりが焦る。早く終らせて友子の元へと帰りたい。


「お父さん…?」


そう呼ばれ振り返った所には少し成長した、久しぶりに見る長男の姿があった…




「どうされました?急にお話とは…?」


時期当主となる8歳の長男に全てを任せて俺は家を出る。これが私の目論見だ。その事実を伝える為に和室に二人だけとなった。


「忠義」

「はい」


私は長男の顔を真っ直ぐ見る。親と子としてでは無い。

当主と時期当主として。


「…お父さん、本日は帰って来て下さりありがとうございました」


私が話だそうとするより先に忠義が話し始めた。


「このまま…お父さんがお帰りにならなかったらと…」


上座と下座。そしてかなり距離があるがその目には涙が光って見えた。


「私は…きっとこの重圧に…耐えきれなかった…」


(ああ、間違い無い。忠義が…私の子が…泣いている)


…当たり前じゃないか。


大人びたこの子は私と違って出来がよく、妻とも母とも分家集とも上手くやっていた。だから出来るんだと勝手に思っていた。


そう、勝手に。


「このまま…一生帰って来ないのではないかと…恐くて、恐くて…」


忠義はまだ8歳の子供ではないか。


その子供に全てをなすりつけて、駆け落ちしようとしている。


「お父さんがいて下さるだけで、宜しいのです…」

「忠義…」

「お父さんの存在を確信出来るだけで、嬉しいのです…」

「…」

「本日はお父さんにお目通りが叶い、私は至高の幸せにございます…」


そのまま、忠義は深々と畳に手をついて頭を下げた。


「忠義、私は…」


好いた女がいる。そして子供が出来た。だから…もうここには戻って来ない。父の事は忘れてくれ。今日からお前が当主だ。


…そう伝えるつもりだった。しかし、その言葉を飲み込んだ。…忠義もまた、紛れもなく私の子。


子供はかわいい。


…その子に、


父として何もしてやらないどころか苦しめている。

…今のこの子の精神はギリギリだ。

それは時期当主としての重圧。私も感じた幼少期。父が亡くなってからのそれは、それまでの比ではない。


私にも覚えがあるそれを、私はこのかわいい我が子にさせるのか…。


「忠義」

「はい」

「頭を上げなさい」

「はい…」

「すまなかった」

「お父さんが謝ってはいけません」


そう、しきたりだらけのこの家では当主は何があっても頭を下げてはならない。


「私はこの家では隠居した身だと思っている。これから先も…」

「…」

「父親らしい事も当主としても…お前に何もしてやれないだろう」

「…」

「それでも…私が必要か?」


忠義の目をしっかりと見る。父と子として。


「はい!」


泣いて赤くなった目をしっかりと保ち、意志ある目で私を見る。


どっちも中途半端になる。分かっていて、どちらにも良い顔をした。



――私は罪人だ。

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