第1話 日常
『一生に一度の素敵な恋をキミと』の結仁くんの産みの両親の物語です。
なお、方言は全話通して場所が京都から変わらない為、標準語で統一させて頂いております。
「え?今なんと…?」
「ですから息子さんはO型ですよ?」
「お父さん、知らなかったのですか?」
いや、私が聞きたい。
久しぶりに家に帰ると私の次男が転んでケガをした。父親らしい事をしたいと思い病院に連れて来たのだが―――
✽
ここは京都。私は大学で教授をしている。
実家は歴史ある旧家で、私は本家の長男であった。
産まれたときから私の未来は決まっており、その道を歩く事だけを要求され続けてきた。
息苦しい屋敷で私の心が休まる時はなく、日々勉強、勉強の毎日だった。
決められたとおり父亡き後本家の当主となり、決められた許嫁と結婚し、決められたとおり世継ぎを設けた。
これまでも敷かれたレールの上を歩んできた。
これからも…この一本道を行くだけ。
それが、俺の人生。
✽
そして話は冒頭に戻る。そうは言っても子供は可愛い。私は二人の息子を愛している。
しかしながら我が旧家のしきたりにより男児である私は子育てに介入してはならない。
常に上下で列が決まる我が家では息子二人と近い距離にいる事も出来ない。子育ては私の母と妻と女中の仕事だ。
我が子にさえ思うままに接する事が出来ない。
それが…我が家のしきたりだ。
そんな中、たまたま家に帰ると次男が庭でボール遊びをしていた。女中に囲まれた他に母と妻の姿はなかった。
微笑ましいその光景に、私は廊下を歩く足を止め、縁側に腰掛ける。
私に気付いた家臣達から声をかけられたが、普段子供を見る事も出来ない私はその穏やかな一時の為に珍しく意見し、縁側に居座り続けた。
「あ、お父さん!!」
すると…私に気づいた次男が女中の静止を振り切り私を目掛けて勢い良くかけてきた。
私はこの胸に次男を受け止めようと縁側から庭に降りる…と。
――ガッ!!
「うわーん!!」
「忠興!!」
「「た、忠興様!!」」
石に躓いた次男が豪快に地面に倒れ込んだ。
「うわーん!!痛いよー!!」
「「忠興様!だ、旦那様申し訳ございません!」」
忠興についていた女中達が顔面蒼白で私に謝る。そうだろう。これが母や妻にしれたらこの女中達のクビは確定だ。
「…私が忠興を病院に連れて行く。この事を誰にも言ってはいけないよ」
…そう、これで冒頭に繋がる。
「え?O型ですか?」
「はい。過去のカルテにはそうなっていますよ?」
私が今動揺しているのは次男の血液型についてである。私は妻から次男はA型だと聞かされていた。
なーんだ、間違っていたのかー。
というレベルでは無い。なぜなら…
私の血液型がAB型だからだ。
✽✽
「忠敬、どうしました?」
「あ…いえ」
あれから家に帰り、久方振りに家族皆で夕食を食べていると母から声をかけられた。
…とは言っても、広い座敷の一番奥に私。
かなり間を開けた斜め横に私の母、その横に妻。更に下座に下がって長男、次男と続く。
私の位置から子供達は随分と遠い。顔色をうかがう事も安易に話しかける事も難しい距離だ。
ここには団欒も、安らぎも…無い。
「忠興、足は痛むか?」
「はい、まだ少し痛いです」
「忠興。ご当主に心配をかけるような言動をするものではありません」
「…はい。申し訳ありません…」
次男に声をかけると、母が次男に注意する。
「…ちゃんと教育はしているのですか?この子の母親は」
「…」
母がジロリと横の妻を睨みつける。妻は表情一つ変えず、何も答えず何食わぬ顔でご飯を口に運んだ。
息苦しい。これが私の家である。当主とは名ばかりで実権は母が握っており、母がダメな物はダメなのである。
我が子にすら近づくことが出来ない。
「…お祖母様。私は今日、塾で新しい事を学びました」
「まあ。そうですか」
齢6歳の長男が場を取り持つ様に話し始めた。
「その内容に、以前お祖母様、お母さんのお二人から学んだ事を思い出し、より考えが深まりました」
「まあ〜、そうですか!」
「忠義、よく頑張りましたね」
私の母と妻、両方を取り持ったその言葉に女性陣は途端に声が高く、笑顔になった。
(凄いな、こいつ)
私よりも数百倍出来のいい長男は既に自分が何を求められ、何をすべきかを理解している。そしてそれに抗うことなく受け入れ、更に高みを目指している。
忠義は良い当主になる。
私のようなお飾りでは無い。
「本日はお父さんにお目通りが叶いましたので、とても良き日となりました」
私を見て長男は微笑み、そう言った。その笑顔に少し恐怖を覚える。
我が子のはずなのに…
この子の血液型は…なんだろう。