第8話 お母様の話なのに先生の自分語り
「あれは十八年ほど前のことです」
……十八年「ほど」って……
「まだ私も少年時代、将来の希望と、また長く暮らし、既に祖国はここしかないと心を決めていたパラントの未来に思いをはせる毎日を送っていました」
え、何で先生の自分語りから始まるの? お母様の話でしょ?
「勉学に友情に熱心かつ楽しい日々でありました。そしてその中には、素晴らしい歌姫に皆で恋い焦がれることも…… そう、それが貴女の母上、レギナ・リンスカでした。元々は市井から出たと言われていますが、それでもその声と容貌で人々を魅了し、様々な舞台、各国を回り、そしてパラントの首都ヴァシュワの大舞台…… 我々は滂沱の涙を流したものです……」
「ちょっと待って先生、何で私はリンスカヤなのにお母様はリンスカなの?」
「貴女の故国はこのルスカヤ王国だからです。この国では女性の姓はそう変わります」
「お母様も、じゃあリンスカヤじゃないの?」
「母君は未だパラントの民ということになっております」
「えっ!」
そんなこと、考えもしなかった。
「そうです。貴女のお父上と正式に結婚している訳ではないので、名前は旧姓、そしてこの国の民になっている訳ではないのです。貴女も書類上では母上と同じではないかと」
「そんな。じゃあ私とお母様は戸籍上では別々なの?」
「その辺りも含めてまあお聞き下さい。お母上が有名になってあちこちの国から呼ばれる様になった時、ちょうど政務でお一人でパラントを訪れていたこの国の王、マクシム二世陛下に見初められたのです」
お父様ってそういう名だったのか…… お母様も名前で呼んだりしないから、さほど気にしなかったし、村でも「あんた」「あのひと」とか言わないから名前なんて大した問題じゃないと思ってたけど…… うわあ、その名なら知ってるわ私。
「そして彼は我々の歌姫を国に連れ去ってしまったのですよ……」
うっすらと先生の目に涙が溜まっている。そんなに辛かったんですか。
「私だけではない。パラントの国民は皆、ルスカヤの王が彼女を力尽くで連れ去ってしまったと信じています」
「え? だってお父様とお母様はあんなに仲がいいじゃないですか」
「個人としてはそうでしょうが、国民としては、そういう気持ちにはなかなかなれないのですよ……」
そしてまたさめざめとハンカチを目に当てる。
「ですので、この身を磨き、語学教授となってこの仕事を与えられたことに私は非常に神に感謝しております。あの方のお側であの方の血を引くお方に言葉を教えられるとは……!」
私ちょっと引いていいでしょうか。