真の勝者
この騒ぎの中、ほっぺにべったり真っ赤なキスマークをサッキュバスに付けられた勇者は……誰がどうひいき目で見ても愚者だろう。……気の毒になってしまう。
ところが人間どもは……想像以上にしたたかだった。
「勇者様のおかげで火事が収まったぞ!」
――おおっと、どこの誰だそんな戯言を申すのは!
「そうだそうだ! 勇者様がドラゴンを誘導したのだ! たぶん」
「さすが勇者様だ! ほっぺのキスマークは……感謝の印に村一番の美しい娘に付けられたものなのだ! たぶん」
勇者一行が一斉にそう叫ぶと、半信半疑な村人や野次馬や消防署の人からパチパチと歓声が巻き起こった。
半信半疑のまばらな拍手なのだが、勇者一行がお城へ戻ればその噂は確たるものへと変わるのだろう……。
漁夫の利とは貴様のことだぞ――勇者よ!
「まあ良いではないか。帰るぞよ」
「ま、魔王様!」
良いのですか? 功を人間どもにすべて奪われるのですぞ!
「予の目標は達成した。これ以上ここにいる必要はない。今日は金曜日。ジャストタイムデーだ」
みんなで夕食を食べる日だ――!
「ふ、勇者め、少しずつ力を付けるがいい」
「次に会う時が楽しみだ」
「キス以上も奪ってあげるわ」
……キス以上は奪わないであげて――!
瞬間移動――!
魔王城の大広間では、既にたくさんのモンスターが集まり、席に座って魔王様と四天王の帰りを待っていた。
「遅くなって悪かった。それではさっそく夕食会を始めようぞ!」
「「おおー!」」
我ら四天王も魔王様の隣の席につき、楽しい夕食のひと時が始まった。
クラシックの生演奏も聞こえてくる。スピーカーから。
美しいメイドが料理の盛り付けられた皿を差し出すと、――魔王様はフォークとナイフをガチャリと音を立てて驚き絶句した。
「オ……オムレツが……、生ではないか!」
魔王様と四天王の前に次々置かれる生のオムレツ……。半熟とかのレベルではない。混ぜられた生卵。――卵液。
――これぞ、「オムレッツァナマヤッタ」大作戦! 事前に料理長に頼んでおいたのだ。
これがオムレツと分かった魔王様は……ひょっとすると凄いのかもしれない。
「ズルズルズル――。いや、これはこれで旨いぞ」
サイクロプトロールがスープをすするように生のオムレツを……飲む!
――卵とバターと牛乳が混ざった卵液をそんなに美味そうに飲むんじゃない! 作戦が台無しになってしまうではないか、あほ!
「ううう……やはり予は、ちゃんとしたオムレツが食べたいぞよ」
――勝利を確信した。
「そうですとも魔王様。CO2削減とはいえ、やはりオムレツは焼いてあればこそです」
指パッチンをするとメイドが笑顔で生のオムレツを下げ、代わりに温かいオムレツを魔王様の前へと置く。焼きたてのアツアツオムレツからは白い湯気が上がり、なんとも言えない優しい香りが漂う。
「おお、旨そうじゃ。やはりオムレツはこうでなくては」
「……」
サイクロプトロールの唖然とした顔に思わず笑ってしまう。飲め飲め。
「しかし、明日の朝はナマバンだぞよ」
「御意」
卵かけご飯は美味しく食べられるから……それでいいのだ。
CO2削減とはいえ、目くじらを立てずに出来るだけのことをすればよいのだ……。
……今は……。
魔王様、この星の温暖化はもう、止められませんぞ――。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
皆様のCO2削減案、感想、評価、レビューなどお待ちしております!
デュラハンは全身鎧を身に付けたモンスターなので、指パッチンで音が鳴るのかどうか……。それはともかく、身近なCO2の削減をやりましょう! ナマバン食べましょう!? この物語がハッピーエンドかバットエンドかは……これからの行動次第なのです!