ところが現場はパニックだった
瞬間移動――！
「うお、なんだこの熱気は！」
熱気なんてものではない。皮膚を焦がすようなチリチリした熱風が魔王様と四天王の周りに急に吹き込んできたのだ！
とっさに魔王様の前に立ち熱風からお守りすると、私の前にソーサラモナーが立ちはだかり、その前にサイクロプトロールが立ちはだかった――。
悔しいからもう一度サイクロプトロールの前に立ちはだかった――。
燃え吹き出る火の柱――！
禁呪文でも見たことがないほどの勢いで炎が立ち上り、真っ黒な煙が空に長くたなびいている。その距離は数百キロメートルにも及び、まるで真っ黒い伝説の大蛇……ヨルムンガンドのようにも見える。
これは魔法どころの騒ぎではない。引火による大惨事だ――！
「助けてくれー！」
「うえーん。ママーおめめが痛いよー」
「危ないですから下がって下さい！」
「ゲッホゲッホ、ゲッホゲッホ」
何かの拍子で原油に火が付いてしまったのか。現場はパニック状態だ。
「おい、ソーサラモナーよ。卿の氷の魔法でなんとか消火できないか。雨を降らすとか」
「無茶を言うな。次から次へと吹き出し続ける油とガスの爆炎を消し続けるなんざ無理な話だ」
……やはり使えない魔法使いだ。周囲一面も火の海なのだから仕方がないのか。
「サイクロプトロールよ、火の吹き出し口をなにかで蓋をすることは出来そうか」
「馬鹿を言うな。俺は上半身裸なんだぞ。火傷してしまう」
……さっきまでヒートテックの長袖シャツを着ていたくせに――！ こいつも使えない！
「デュラハンこそ鎧を着ているから耐熱性があるのではないか？」
「そうだそうだ！ 魔法が効かないのだから火だってへっちゃらだろう」
「いや、魔法は効かないが炎の熱さを長時間浴び続けるのは無理だ。鎧の中まで浸透する熱は防ぎようがない」
飛んで火にいるなんとやらだ。
「フン、お前も使えないな」
「なんだと？」
「お前も使えないなと言っただけだ。無い頭で考えろ」
「こんにゃろう。もう一回言ってみろ！」
頭にきた～！ 首から上は無いのだが、頭にきたぞ～！
しかし考えていても、この燃え盛る炎はどうにもならない。このままではせっかく高値で売れる原油が……じゃなくて、ＣＯ２排出に歯止めがかからないではないか！
「ちょっと急用を思い出したから、一度魔王城に帰ってくるぞよ。――瞬間移動！」
「――あ、ちょっと魔王様、お一人だけ逃げるなんて酷い」
魔王様が瞬間移動をしたのは人間どもも見ていたらしく、ヒソヒソと声が聞こえてくる。
「人でなしだ。……あ、人じゃないか。魔王か」
「魔王だから人間の敵だ！ つまり天災の味方……」
「なんて酷い魔王だ。血も涙もないのか」
「大したことないなあ。顔も青かったし」
つかつかとその野次馬達のところへと歩いて行った。
睨みつけるような視線……上等だ。
「それ以上魔王様の悪口を言うな。魔王様は貴様ら人間どもの過ぎた行動、ＣＯ２の排出を止めるために必死なのだぞ」
明日から……ナマバンなのだぞ。
「その魔王様を侮辱する奴は魔王軍最強の騎士、四天王の宵闇のデュラハンが許さん――」
貴様らをイカソーメン程度の大きさに切り刻むことなど容易いのだぞ――。
ざわつきが収まり人だかりが左右に割れた。モーゼが海を割るかのように……。なんだろう……この人間どもの「なんとかしてくれ」感……。敵味方を問わず助けてくれという都合のよさ……。
来るんじゃなかった……。
そもそもこんな時に率先して人々を救出するのは勇者の役目ではないのか？ ……その勇者の姿が見当たらないのがけしからん――。
「あのヘタレ勇者はいったいどこへいったというのだ」
「ああ？ 勇者様なら変な女に追い回されていたぞ」
……サッキュバスのことだろう。キス魔にはＣＯ２もへったくれもないらしい。
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