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第6話 悪役花魁、幕府御用屋敷に護送

 改めましてお父様、こんにちは。私の名は、慶光院院主けいこういんいんじゅ様付きの侍女、「たま」となりました。

 

 この度、大奥からの御召しによって、江戸幕府の運営する御用屋敷に院主様が移られることになりました。それに付き従って、私も江戸に残った次第です。しかし、院主様は変わってしまられたのです。それは、先程お話したとおりです。


 元・花魁ということでございますが、玉にとって吉原は、遠いおとぎ話のようでございます。あの事件の後も様々ございまして、この新しい院主様は、色々な意味で大変な方でございます。

 はてさて、どうなってしまうのでしょうか。


***


「ええですか、院主様。くれぐれも、六条小路の姫君らしゅう振舞ってくださいよ!」

「解っていますわ、次郎兵衛。では御機嫌よう」


 院主は上品な尼装束に身を包みながら朗らかに笑うと、小声で必死に頼み込む中年男の顔を挟む勢いで、輿の窓をピシャリと締め切った。


「さぁ、玉。輿を出して」

「はい、院主様」


 玉は優雅な所作で、輿の担ぎ手に指図を出す。すると、ゆっくりと輿は前進し始めた。その輿の後ろに、すみれ色の尼装束を着た玉が付き添う。その高貴な行列の後姿を、六条小路家の家人である中年男、もとい「本庄次郎兵衛ほんじょうじろべえ」は頭を掻きながら見送った。


「ほんまに大丈夫やろか……」


 大奥からの使いが来たのは、あの夜から数日経った後のことだった。数日後に、御用屋敷の準備を整えて迎えに来ると言う。次郎兵衛には、それまでに行うべき沢山のミッションが待っていた。


 一つは、六条小路家の姫としての教養。

 しかしこれは難なくクリアだ。足抜けしたとはいえ、あの花園は一流の吉原花魁だった。大名レベルとも対等に渡り合える教養を叩きこまれた彼女には、簡単な課題であった。


 そして、慶光院院主としての教養。

 これも、四苦八苦しながらもなんとか乗り越えた。花園は性格は悪いが、頭は恐ろしい程キレる才人だ。仏なんて嫌いだとダダはこねたが、持ち前の記憶力でなんとか乗り越えた。


 しかし、最後の課題が問題だった。

 それは、公家である六条小路家の姫として生まれ、徳の高い慶光院院主として生きてきた「上品な女君」を演じることである。


 これがもう、大変で大変で仕方が無かった。言葉遣いこそすぐ覚えたが、喧嘩っ早い上に、酒好き、大喰らい、おまけについ悪態をついてしまう癖までついていた。これを矯正するのに、持てる時間の全てを費やした。だが、それが本当にちゃんと身になっているのだろうか。


 今日の新・院主様は、いかにも貴族の姫らしい上品さと、尼君らしい徳の高さを醸し出しながら御用屋敷へと旅立っていったが……。


「心配しても仕方ありまへん。院主様を信じましょ」


 院主教育で重い寝不足の次郎兵衛を心配して、家来が彼に声をかけた。確かに自分の身体も心配だったが、しかし次郎兵衛にとっては院主こそ心配だった。


「院主様、お願いやから生き延びてくださいよ」


 そう言いながら、次郎兵衛は院主の行列が見えなくなっても、ずっとその後姿を見送り続けていた。


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