救世会編3
「でも、そんなに厄介な案件なら」
「君の言いたいことはわかるが・・」
こんな厄介でトラブルに溢れた案件、三日月先輩なら我が身を粉にしても首を突っ込みそうなものなのに。俺なんて関わらせず、自分だけでそのトラブルにダイブしていくはずなのに。
「私もこの件に携わりたいのは山々なのだが、他にも楽しそうな・・もとい、厄介な案件があってな。私はもう一方の案件担当だ。どうやら国内で、石川県内でテロ行為を行う予定の馬鹿共がいるらしくてな」
「・・・ご苦労さんです」
数年前に比べれば格段に治安は良くなったが、それでも魔法が出現する前よりかは悪い。戦争などの大きな戦いは少なくなったが、小さないざこざは以前よりも多くなった。小さないざこざとここでは表現したが、それはあくまで戦争に比べたらの話で、普通に厄介で危険な部類に入るいざこざだ。ギルドや軍が出張ってきてもおかしくない程。
「この服なんですけど」
俺はこの件から外れる可能性がないと悟り、三日月先輩が持って来たこの厄介事に関しての情報収集を始める。
「うん?あぁ、この巫女装束か。それは彼女の家族が中心となって活動している団体の制服らしい」
「団体?」
「君も名前くらいは知っているはずだ。救世会というのを」
「そりゃあまぁ、その名は有名ですから」
救世会は30年前からある宗教団体で、世を救い、人を救うという大それたものを宗教理念として掲げている。聞く分には耳障りがいいが、その実態はよくある‘危ない団体’というやつだ。世間一般では危険視されるような頭のおかしい教えを、何の疑いもなく受け入れ、その教えを阻む、もしくは否定するような輩を、何の容赦もなく叩き潰すような奴らだ。無論、殺人も厭わない。彼らが大事に抱える聖書の中には、人を殺めることがいけないなんていうのは載っていないらしい。
そんな危ない団体が今の今まで存続できていたのは、彼らの持つ莫大な金、人脈、そして宗教の自由なんてものがあったからだ。宗教を自由に選び、その神や教えを信じることに異議を唱えるつもりもその権利もない俺だが、それはあくまで他人事だからであって、自分の身に自由の対価が降り注ぐのなら話は別だ。文句を言わせて欲しい。ふざけるなと。迷惑をかけるなと。くそったれと。
「何でこういう奴らは、いつでもどこでも現れるんでしょうね」
「人は信じる何かがないと生きていけない生き物なんだよ。信じるものなしに生きていける程、我々人は強くない」
「三日月先輩はなにを信じているんですか?」
宗教やらなんやらに1番縁遠いだろうこの人が、そんな考えを持っていたことに俺は驚いた。驚いたついでに気になったので、俺は三日月先輩に問い掛ける。この人の場合、神を信じるにしても勝利の女神とか、戦神とか、戦いに関する神だろうが。
「私か?私は自分を信じている。この世で1番信じている。神なんて会ったことのない奴らなんか信じるに値せん」
「・・・さすがです」
予想の斜め上。いや、予想通りと言っていいだろう。この人に関しては危ない宗教に入るかも、なんてことはない。心配するだけ損というやつだ。
「で、この写真の子は救世会の信者のお偉いさん。そう捉えていいんですか?」
「いや、違う」
「違うんですか?」
「言っただろ。その子は神だ。巫女や神官、神の代弁者なんてものじゃなく、彼女は本物の神として祭り上げられているんだ」
「それはまた、とんでもない人が我が校に入学してきましたね」
まさか、我が愛しの学び舎に神様が入学してくる日が来るとは思わなかった。我が校は高天原にあるわけでも、アースガルズでも、エルサレムでもないというのに。入学先を間違っているのではなかろうか?
「最初に答えを言っておくぞ。彼女の名前は救世 神。もちろん、これは偽名だろうが」
「でしょうね」
そう強く願う。
そのふざけた名前が本名だとしたら、キラキラネームというやつも可愛く思える。俺ならその名を付けた親を殴り倒す。誰も責めはしないだろう。
「正体は救世会の教祖、救世 弾の1人娘だ。当たり前だが、遺伝子学上きちんとした人だ。神なんてものではない。魔法の扱いが少し上手いだけで、信者や実の父から神として祭り上げられてしまったやつだ。ちっ、馬鹿な奴らだ」
たぶん、三日月先輩は同情しているのだろう。悪い意味ではなく、無理矢理神様に祭り上げられた彼女に。人ではなく、神とされてしまった写真の女性に。悲痛そうな三日月先輩の表情が、それを如実に物語っている。
「彼女の目的は何なんですか?」
その神様がどのような心境で神になっているとか、その子が可愛そうだとかはさて置いて、俺は今回の件についての本題を聞く。冷たいようだが、所詮他人事であり、簡単にどうこうできるような問題ではないのだから。
「それを調べるのが君の役目だ」
「ざっくりとした仕事内容ですね」
一般的な考えで言えば、信者の勧誘という理由が1番だろう。しかし、それはその宗教団体の教祖や幹部、信者が入学した場合である。その宗教団体の神そのものが入学してくるとなると話は別になる。普通ならそのような立場の人は、いや、存在は、俗世と言う名の外に身を置くなんてことはないだろう。そのような大事な存在を外に出すなんてことはさせないだろう。教祖も、信者も。救世会の神様という存在は、外の世界ではとてつもなく脆く、儚いものだから。それぐらい、教祖や幹部は理解しているだろうに。
にも関わらず、何故?
「普通に考えれば、自分達の神様を外に出すなんていうのはデメリットしかないだろう。実際、彼女の入学に関して、多くの信者から批判の声もあったらしい。それなのに何故教祖や幹部は彼女を我が校に入学させたのか。それを許したのか。それを君達2人に調べて欲しい」
そう言って、三日月先輩は10数枚の紙の束を俺に渡してきた。紙媒体ではなく電子的な記録媒体で情報を渡して欲しいものだが、その旨を伝えた場合、チョークを飛ばされる覚悟をしなければならないので、俺は開けた口をすぐに閉じる。
俺はその場でぱらぱらと紙をめくるが、予想よりもびっしりと情報を書かれているので、これは家に持ち帰ることにして、三日月先輩からもらったファイルをバックの中にしまう。
「ではこれで」
「おいおい、そんな急ぐことはないだろう。もう少し付き合ってくれてもいいんじゃないのか?」
珈琲カップを揺らしながら三日月先輩は俺を引き留めてくるが、生憎と俺にはこの後用事がある。
「すいませんが、この後用事があって」
「あぁ、そうか。今日は奏ちゃんと病院に行く日だったか。なら仕方ない」
俺は三日月先輩に一礼した後、カフェテリアを後にし、病院に向かう。