救世会編20
なにやら珈琲の芳しい匂いが鼻に入り、俺は意識を取り戻す。どうやら車の後部座席にいるようなのだが、頭痛と眩暈が酷いせいで、現状を上手く把握することができていない。窓の外を見ると、そこには綺麗な海が広がっていた。磯の香りと珈琲の香りで目が覚めるなんて、なかなかどうして素晴らしいシュチュエーションなのだが、頭は痛いし状況はわからないしで、とてもじゃないが、爽やかな朝とは言えない。
いや、そもそも今は朝なのか?
「今何時だ?」
「朝の10時ですよ、煙間先輩。珈琲どうぞ」
「ようやく起きたか」
「ありがとう。で、今の状況の説明をしてくれ。昨日暴力ギルド職員に頭勝ち割られて、意識を奪われたとこまでは覚えてるけど、そこからどうしてこうなった?どこに向かってるんだ?」
四亜から珈琲を受け取りながら、俺は現在の状況を聞く。
「煙間先輩知らないんですか?」
「知らない知らない。拉致された人の気持ちだよ、今は」
「今向かっている場所は富山県のとある山。救世会の総本山だ」
俺の疑問の1つに答えたのは、運転席にいる忍だった。
救世会の総本山に行くこと自体はいい。どっちにしろ、近い内に行く気だったから。しかし、何故急に拉致されるような形で連れて来られたのか、それがまったくわからない。どういった経緯だったのだろう?
「今日は救世会の記念日らしいぜ。救世会ができてから24年目だかなんだかの」
「そんな大事な式典に、俺達みたいなやつが行っていいのか?信者でもなんでもない俺達が」
宗教のアニバーサリーの祝い方を詳しく知っているわけではないが、そういうのは身内だけでやっているイメージがある。勝手なイメージではあるが、ああいった団体はそういう日こそ、大事な日こそ、世間と切り離して祝うはずだ。自分達の行っていることの正しさと同じくらい、自分達が世間から離れた考えを持っていることを知っているはずなのだから。
「そこは心配ご無用ですよ。救世会は来るもの拒まずの姿勢のようなので、私達みたいな信者ではない方々にも門を開いています」
「まぁ、行けるのは礼拝堂とかの一部だけどな。式典は総本山の奥、祈りの間で行われるみたいだ。当然、そこに俺達みたいなのは入れない」
どうせなら祈りの間とやらも調査したいところだが、総本山の最奥となると、そう容易に行ける場所ではないはずだ。普通の宗教団体ならいざ知らず、彼らは武力をその身に秘めている。テロリストという名の武力を。そんなところに侵入するなんて、リスクが高いなんてものじゃない。ましてや今回は俺達3人だけだ。やれることはたかが知れている。出来たとしても、軽い情報収集ぐらいだろう。
「式典の時間は?」
「12時からは一般の方のために、毎週開かれる礼拝があるみたいです。そこから式典の準備をするらしいので、開始時間は夕方の5時頃かと」
「曖昧だな」
「仕方ねぇよ。式典といっても、救世会の幹部と教祖、選ばれた数十人の信者、そして神ちゃんしか参加しないものなんだから。開始時間は周りに知らされてないんだよ」
「やっぱり身内だけでやる感じか」
「安全面も考えてのことだろうな」
信用の置けるやつらしか集めない謎の式典か。俄然興味が湧くところだが、式典に参加する人の数が少ないということが、潜入の難易度に拍車をかけている。大人数なら人混みに紛れて潜入する作戦が何個かあるが、それはまず無理だろう。ならば、誰にも見つからずに潜入することが必須なのだが、俺の勘ではそれは無理な気がしてならない。
「忍、総本山の見取り図とかあるか?」
「礼拝堂の奥から祈りの間までのはないな。ネットにあるものなら俺に入手できないものはないが、落ちてないんじゃお手上げだ。それほどのトップシークレットっていうことだろ」
「だよな」
この時代、電子的なデータを残すということにメリットが多々あることも事実だが、目の前で運転をしている男みたいなやつらがいる限り、情報の安全性という面では不安が残る。ならば紙媒体を使えばと思うかもしれないが、それでもまだ足りない。本当に大切にされている情報は、古今東西、昔から伝達手段は決まっている。
「口頭。口伝。それが紙媒体だろうが電子的な媒体だろうが、記録することを禁止されてるのか?厄介だな」
「よくわかったな」
「見取り図が紙媒体なら、お前は‘道具屋’に頼むだろ。それなのに持ってないっていうことは・・」
「道具屋に頼むなんて、そんな面倒なことしねぇよ」
「いつもならな。けど、今回は違うだろ。じゃなきゃ情報屋のお前が、今回みたいに現地に直接来るなんてありえないだろ」
「・・・お察しの通りだ。お前や風紀委員、ギルドからの依頼なら、俺は‘わかりませんでした’の一言で終わらせられるんだが、今回はそうはいかない理由があるんだよ」
「漣さんか?」
「その通り」
俺としてはありがたいが、何故漣さんは危険のある場所に直接息子を行かせたのかが謎だ。昨日はあれほど、自分の子供達を守りたいと言っていたのに。
「‘これ以上奏ちゃんにちょっかいを出す輩を自由にさせるな’とのお達しが来てる。これに関しては、俺に拒否権なんて便利なものがないんだよ」
「納得いったよ。・・お前も災難だな」
漣さんは奏を猫可愛がりしている節がある。それこそ、自分の息子よりも、娘よりも溺愛しているかもしれない。奏の立ち振る舞いや漣さんへの接し方が、漣さんにとっては理想の娘そのものだったらしい。奏も奏で昔から付き合いのある、母親の友人である漣さんに対し、家族のように慕っているので質が悪い。
「あの、1つお聞きしたいんですけど」
「なんだ?」
「道具屋というのは、いったいどのような方なんでしょうか?」
「そうか、四亜ちゃんは風紀委員に入ったばかりだからわからねぇか」
「忍、説明してやってくれ」
「何で俺が・・」
「頭が痛てぇ。しばらく横にさせてくれ」
「それは俺もなんだけどな」
「よろしくー」
説明を忍に任せ、俺はしばらく横になる。これから危険の渦中に飛び込むのだ、それぐらいは許して欲しい。




